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本多町
もとは加賀藩筆頭家老の本多家下屋敷があった場所です。本多氏家祖・本多政重は徳川家康、宇喜田秀家などに仕えた後、加賀藩2代藩主前田利長に仕えて5万石を受けました。これは加賀藩家中にあって最高禄で、この界わいには本多家の下屋敷と、その家臣たちの屋敷が建ち…
本多町
  • 金沢
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尾張町町民文化館
明治40年(1907年)に建てられた銀行を活用。外観は黒しっくい仕上げの土蔵造りの和風だが、内部は白しっくい仕上げで銀行らしい洋風の空間となっています。当時の面影を残す旧窓口や旧頭取室も見どころです。石川県有形文化財に指定されています。
尾張町町民文化館
  • 金沢
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金沢ふるさと偉人館
金沢の偉人に会う
金沢が生んだ世界に誇れる「ふるさとの偉人」である高峰譲吉(化学者)、木村栄(天文学者)、八田與一(土木技師)、三宅雪嶺(言論人)、藤岡作太郎(国文学者)、西田幾多郎(哲学者)、鈴木大拙(仏教哲学者)、中西悟堂(自然保護)、松田権六(漆芸家)、谷口吉…
金沢ふるさと偉人館
  • 金沢
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加賀本多博物館
武家文化博物館
5万石を与えられた加賀藩重臣、加賀本多家。加賀本多家は、徳川家康の重臣であった本多正信の次男・本多政重を初代とします。加賀本多博物館の収蔵品は、加賀本多家に代々受け継がれてきた鎧や兜、刀、槍などの武具類や調度品を中心に、前田家からの拝領品、古文書な…
加賀本多博物館
  • 金沢
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信行寺書院(和倉温泉) ※能登半島地震の影響により当面の間書院の拝観休業中 お参りはできます
国登録有形文化財に登録されている信行寺書院
御便殿は明治42年(1909年)に東宮殿下(後の大正天皇)が和倉行啓の際の休憩所として建てられました。信行寺にある御便殿は、随行員の控室であった供奉殿の部分であり、今は信行寺書院となっています。もともと御便殿は本殿(御座所)と供奉殿が一体となっていました…
信行寺書院(和倉温泉) ※能登半島地震の影響により当面の間書院の拝観休業中 お参りはできます
  • 能登
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白鳥路
石川門下から大手堀方向へと続く白鳥路は、大手堀近くに白鳥の像がたたずむ散歩道です。天然の緑のトンネルの下を歩いて行くと金沢ゆかりの三文豪(泉鏡花、徳田秋聲、室生犀星)をはじめ、いろいろな彫刻と出会うことができる彫刻の小径となっています。また、夏には…
白鳥路
  • 金沢
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羽咋市観光ボランティアガイド 歴史ロマン「こんちま羽咋」
羽咋の地名の由来や名所・旧跡などについて、楽しくガイドいたします。
羽咋市へ訪れる観光客や市民の方々のために、地元の観光地をボランティアでガイドいたします。新たな出会いの場、ふれあいの場として、世代間を超えた交流が広がるとともに、交流人口の拡大による地域の活性化に尽力いたします。
羽咋市観光ボランティアガイド 歴史ロマン「こんちま羽咋」
  • 能登
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豊国神社
卯辰山三社の一つ。豊国神社は明治の神仏分離令の際、豊臣秀吉を主神とし、卯辰観音から豊国神社と改称しました。
豊国神社
  • 金沢
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岩倉城址遊歩道
城は上麦口町の北東の標高296メートルの山頂に築かれていました。岩倉城は、一向宗門徒が、越前の戦国大名朝倉氏の加賀領内への侵入を阻止するために築いたものです。山頂にある岩倉城は、滓上川流域の城塞群の中でも織田軍の特徴を残している唯一の中世山城です。緑…
岩倉城址遊歩道
  • 加賀
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小濱神社
現在の本殿は天保3年(1832年)金沢市五郎島町に、加賀藩によって造営された。その後、明治22年(1889年)に内灘町字大根布の地に移築され現在に至る。本殿(12坪)は、正面柱間三間、側面二間、入母屋造りで、千鳥破風、軒唐破風で柱間三間の向拝付の銅…
小濱神社
  • 金沢
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金城霊沢
かつて芋掘藤五郎という男が、この湧水でイモを洗ったところ、砂金が出てきたという伝説があります。そこから、湧水は「金洗いの沢」と呼ばれるようになり、やがて「金沢」の地名が生まれたと言われています。
金城霊沢
  • 金沢
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さとりの道
穴水町の中居地区は、江戸時代に北前船で栄え、集落に比較的多くの寺社があります。さとりの道は、海岸沿いの丘の上にある、8つの寺院・神社を結んだ散策コースです。起終点は穴水町中居地区です。経路は、能登中居鋳物館、地福院、明王院、一乗院、神杉神社、月光院…
さとりの道
  • 能登
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砂取節民謡碑
砂取節が県指定文化財に指定されたのを記念して、1966(昭和41)年に建立されました。
砂取節民謡碑
  • 能登
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天神橋
卯辰山の玄関口となっているアーチ型の橋です。
天神橋
  • 金沢
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藤津比古神社
古くは熊野権現とも称し、特に本殿は「三間社流造り」で、かえる股、組物、幣軸など鎌倉時代の建築様式が用いられています。1214(正和3)年建造の棟札が同神社に保管されています。1967(昭和42)年に国の重要文化財の指定を受けました。8月14日夜には納涼祭(キリコ…
藤津比古神社
  • 能登
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海月寺
【曹洞宗】海の百万石で有名な銭屋五兵衛の屋敷に女中として奉公していた五郎島出身のお鉄という人が河北潟埋立事件で処刑され没落した銭五の菩提を弔うために出家して尼僧となり、名前も鐵悟道珍尼と改め明治16年8月に建立したお寺です。内陣横には銭屋五兵衛の木造…
海月寺
  • 金沢
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旧北国街道
松尾芭蕉も歩いた歴史ある街道
古くは北陸道と呼ばれました。律令制の制定で確定した東海、東山、北陸、山陰、山陽、南海、南西の7道の1つ。かつて、加賀藩主の参勤交代に使われ、俳聖・松尾芭蕉もこの道を歩いたといわれています。金沢城下の下口(北口)にあたり、城下町の北境だった春日町に、北…
旧北国街道
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蝦夷穴歴史センター
須曽蝦夷穴古墳(すそえぞあなこふん)から出土した須恵器(すえき)や大刀、鉄鏃(てつぞく)など、能登島の遺跡から見つかった考古資料を大型パネルで解説しています。昭和初期に七尾湾で活躍した「五枚舟」と呼ばれる伝馬舟(てんまぶね)を復元したものや、漁具な…
蝦夷穴歴史センター
  • 能登
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串茶屋遊女の墓
小松市街地の南方、串茶屋町の東にある共同墓地内には、江戸時代中期から明治時代初期に建立された数多くの遊女の墓が守り伝えられています。串茶屋は、加賀藩三代藩主・前田利常の小松城隠居以降、北国街道の宿場として発展しました。その中で遊女たちは、文化交流の…
串茶屋遊女の墓
  • 加賀
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須曽蝦夷穴古墳
古墳時代の終わり頃に築かれたとされる有力者の墓です。一辺が約18メートルの方墳で、正面の墳丘の裾に低い石積みが巡らされています。墳丘内部には、近くの海岸から運んだ安山岩の板石で造られた一対の墓室(横穴式石室)があります。横幅の広い奥室(玄室)や、ドー…
須曽蝦夷穴古墳
  • 能登
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