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篠原古戦場
寿永2年(1183)、倶利伽羅の戦いで敗走した平家軍と木曽義仲の軍が戦った源平の古戦場です。 平家の軍は義仲の率いる荒武者に追撃されて、篠原の地で体勢を立て直そうとしました。 この戦いに、斎藤実盛が馬を立て直して手塚太郎光盛の呼びかけに応じて切りあい…
篠原古戦場
  • 加賀
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石動山資料館
百年以上守られてきた仏像や古文書など、石動山の歴史を学べます。
明治の瓦解以来、百数十年以上にわたり、山内を中心に守り伝えられてきた仏像・仏具・絵図・古文書などの歴史資料およそ70点が展示されており、また、野外の史跡と一体となった石動山の歴史を学べる施設となっています。
石動山資料館
  • 能登
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小立野寺院群
前田家ゆかりの寺院が集まる風情豊かなエリア
金沢城の南東に位置する浅野川と犀川に挟まれた小立野台地に集められた寺院群。金沢城築城の際に戸室山から切り出した石垣を運んだルート“いし曳の道”に沿って前田家ゆかりの寺院が点在しています。前田家の菩提寺である「宝円寺」や、前田利常の正室・珠…
小立野寺院群
  • 金沢
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芭蕉堂
行脚の楽しみここにあり
鶴仙渓遊歩道の黒谷橋のたもと、大聖寺川の渓流に面して建つ、俳聖芭蕉をまつった御堂です。芭蕉が北国行脚の折りに立ち寄り、名湯ぶりを讃えたことに由来する建物で、堂内には芭蕉の小像が安置されています。2010(平成22)年に、芭蕉堂と鶴仙渓遊歩道が誕生して100周…
芭蕉堂
  • 加賀
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佐野九谷陶祖神社
360年の歴史を誇る伝統工芸「九谷焼」。赤絵細描技法を発展させた九谷焼の開祖である斎田道開が祀られています。
佐野九谷陶祖神社
  • 加賀
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来入寺のミズバショウ
山里の風情に真っ白なミズバショウが咲き乱れます
1558(永禄元)年の創立と伝えられる来入寺にある、約2000株のミズバショウがいっせいに咲き乱れる姿は圧巻です。小川の流れと緑、そして素朴な集落のたたずまいの中で、一層華やかさを増しています。
来入寺のミズバショウ
  • 能登
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豊国神社
卯辰山三社の一つ。豊国神社は明治の神仏分離令の際、豊臣秀吉を主神とし、卯辰観音から豊国神社と改称しました。
豊国神社
  • 金沢
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珪藻土資料館・鍵主工業
珪藻土関係の資料が展示されているほか、珪藻土コンロ・七輪各種、炭火関連の道具を販売している。
  • 能登
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集福寺
辰口温泉にゆかりのある集福寺は「福を集める寺」という縁起の良さから遠来の人気を集めています。享保年間(1716~1735)、江戸相撲で活躍した大関鬼来崎巌右衛門が奉納した石造の地蔵菩薩坐像は、北陸随一の大きさと言われ、能美市の文化財に指定されています。北陸…
集福寺
  • 加賀
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白崎公園
七尾西湾に面した公園内には、大伴家持の歌碑や島田渓水の句碑があります。
白崎公園
  • 能登
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平時忠歌碑
能登へ配流となった平時忠が、荒涼とした中で、一族の行く末を思って歌った和歌が刻まれています。1189(文治5)年2月24日、時忠は都へ「還る」こともなく、淋しく配所の大谷で没しました。能登で生まれた時忠の子、時康は則貞家となり、同じく時国は時国家の始祖とな…
平時忠歌碑
  • 能登
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高浜虚子句碑(七尾市)
1947(昭和22)年4月に建てられました。ホトトギス派の主宰として俳壇の最高峰にいた虚子が、和倉の波静かな海に吟じた一句です。碑文「家持の妻恋舟か春の海虚子」
高浜虚子句碑(七尾市)
  • 能登
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寺町通り
寺町は加賀藩3代藩主前田利常の城下町づくりによって、犀川南岸の高台に70を超える寺院が集められた町です。寺院が並ぶ寺町通りの築地塀の連なりや、苔むした石垣は、今もなお藩政時代の香りを漂わせています。寺町台は2012(平成24)年、国の重要伝統的建造物群保存…
寺町通り
  • 金沢
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長谷部信連の墓
源平争乱の時代を経て、奥能登の有力御家人として地頭領主支配の基礎を固めた長谷部信連の墓です。地元では「ちょうづか」とも呼ばれています。秋は、彼岸花の名所としても知られています。山岸町の市立輪島病院付近にあります。
長谷部信連の墓
  • 能登
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腰巻地蔵
遊女と船頭の悲恋を語る地蔵
福浦港が北前船の寄港地として栄えており、船員を相手にした船宿や遊郭も多かった頃、いつかは旅立つ船頭にはかない恋をした遊女がいました。いよいよ出港というその時に、船頭との別れを惜しむ遊女が自分の腰巻を地蔵に当てたところ、たちまち海は荒れ狂い、出港でき…
腰巻地蔵
  • 能登
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【地域学講座】能登の歴史研究最前線
まだまだ私たちが、知らない能登の歴史があります。研究者の見る能登の歴史から新たな視点をもって能登を見つめなおす機会として下さい。
能登の歴史を深掘りする講座です。色々な分野で活躍する講師の研究を参考に自身の歴史愛を深めてみませんか?第1部「和算と定数について-算額から読み解く-」(仮)第2部「大工安幸について-佐野寺本堂との関わりから-」(仮)日時:3月14日(土)13時30分~15…
【地域学講座】能登の歴史研究最前線
  • 能登
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尾﨑神社
1643年(寛永20年)加賀藩四代藩主前田光高が曽祖父である徳川家康公(東照大権現)をお祀りするため、金沢城北の丸に建立されました。朱塗りで彫刻や飾り金具が施され、日光東照宮の縮図ともいわれ、明治11年、金沢城内に陸軍省が駐屯することとなり、現在地に移築されま…
尾﨑神社
  • 金沢
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岩倉城址遊歩道
城は上麦口町の北東の標高296メートルの山頂に築かれていました。岩倉城は、一向宗門徒が、越前の戦国大名朝倉氏の加賀領内への侵入を阻止するために築いたものです。山頂にある岩倉城は、滓上川流域の城塞群の中でも織田軍の特徴を残している唯一の中世山城です。緑…
岩倉城址遊歩道
  • 加賀
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泉鏡花「滝の白糸」碑
泉鏡花の出世作「義血侠血」の主人公の記念碑です。滝の白糸(本名:水島友)は、鏡花が生涯かけて追求した理想の女性像でもありました。
泉鏡花「滝の白糸」碑
  • 金沢
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尾張町
1583(天正11)年、加賀初代藩主前田利家が出身地である尾張荒子から召し寄せた商人が住んだのが尾張町の始まりといわれています。情緒あふれるたたずまいの商店が軒を並べ、城下町風情を醸し出しています。
尾張町
  • 金沢
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