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- 高松歴史公園
- のと里山海道高松ICを降りて北に進むと見えてきます。藩政時代、街道の荷物運搬に伴う手数料の一種(口銭)を徴収した口銭場跡と、その周囲を整備した公園です。藩政時代の高松宿の入口に当たるため、能登街道をイメージしたモニュメントがあります。また、平和を詠っ…
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- 金沢
- 明治天皇御休所公園
- 1878(明治11年)年10月5日、明治天皇北陸御巡幸の際、手取川を渡る前に、木呂場(ころば)の茶屋で御休憩されたところを公園として整備しました。当時、手取川に橋は架かっておらず、船で渡っていました。しかし天皇御巡幸のときは、危険なので船を数珠繋ぎに並べ、…
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- 加賀
- 国史跡 末松廃寺跡
- 7世紀後半に建てられた、北陸最古級の古代寺院跡。古代の貨幣「和同開珎」銀銭や、全国で初めて「女子像が線刻された土製品(瓦塔)」が発見されました。
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- 金沢
- 山中 片岡鶴太郎工藝館
- 一歩踏み込めば大正浪漫の世界へ。昭和6年に建てられた洋館建てが、平成11年に文化庁の保存建造物に登録されました。 この建物が鶴太郎さんとの出会いで、そのアートの息吹が伝わるように再生されました。源泉と工芸の街、山中にやすらぎと生きがいを与える場となる…
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- 加賀
- 観音院
- 【高野山真言宗】本尊の十一面観音は行基作の十一面観音菩薩の末木を芋掘藤五郎が彫ったものと伝えられます。元和2年(1616)三代利常夫人(徳川二代将軍・徳川秀忠の娘)の発願により医王院が造営されました。明治まで庶民の娯楽神事能が催されました。
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- 金沢
- 安楽寺
- 【浄土宗】慶長7年(1602)、越前の脇田兵部重季がこの地に僧立空等摂を招き開山しました。三代利常の小姓脇田猪之助の位牌と代々の墓があります。脇田直賢は前田家二代~五代まで仕えました。作家中野重治が下宿し、著書『歌のわかれ』に当時のことを記述されています。
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- 金沢
- 西盛友堂
- 小野窯発祥の地で4代にわたり九谷焼の製造・販売を行う窯元です。伝統工芸士西善雄作「赤絵金彩勧進帳の図飾皿」も必見です。絵付けやろくろ体験も人気です。ジャパンテントや修学旅行の受け入れもしており、多数の海外留学生が楽しんでいます。再興小野窯の作品をは…
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- 加賀
- 金沢縄文ワールド
- 環状木柱列を再現した空間の中で金沢の縄文時代にタイムスリップ
- 重要文化財「中屋サワ遺跡出土品」と国史跡チカモリ遺跡から出土した柱根を展示し、金沢の縄文遺跡の魅力を紹介する施設です。展示室中央にはチカモリ遺跡から見つかった環状木柱列を復元するとともに、中屋サワ遺跡から出土した土器や木製品、漆器など、縄文時代晩期…
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- 金沢
- 旧北国街道
- 松尾芭蕉も歩いた歴史ある街道
- 古くは北陸道と呼ばれました。律令制の制定で確定した東海、東山、北陸、山陰、山陽、南海、南西の7道の1つ。かつて、加賀藩主の参勤交代に使われ、俳聖・松尾芭蕉もこの道を歩いたといわれています。金沢城下の下口(北口)にあたり、城下町の北境だった春日町に、北…
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- 仏御前屋敷跡・仏御前墓
- 仏御前は1160年(永暦元)年に現在の原町のあたりで生まれました。美人で歌舞に長じており、1172(承安2)年、14歳で京に上って白拍子(しらびょうし)となりました。その美貌(びぼう)と優れた演技で、時の権力者・平清盛の寵愛(ちょうあい)を受けましたが、やが…
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- 加賀
- 井上靖文学碑
- 旧四高在学時代、よく内灘砂丘を散策したという井上氏の直筆で「日本海美し内灘の砂丘美し波の音聞きて生きる人の心美し」と刻まれている。
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- 金沢
- 13代木村庄之助の碑
- 1853(嘉永6)年に第13代木村庄之助を襲名して以来、24年間立行司を務めた庄之助を記念して建てられた石碑です。庄之助の出身地でもあります。
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- 能登
- 着弾地観測所跡(権現森)
- 「内灘闘争」の発端となった米軍試射場の着弾地観測所の建物が今も残っている。
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- 金沢
- 能美古墳群
- 能美古墳群は、能美市の平野部にある5つの独立丘陵上に造られた古墳群の総称です。各丘陵名をとって寺井山古墳群、和田山古墳群、末寺山古墳群、秋常山古墳群、西山古墳群とそれぞれ呼ばれ、これまでに62基の古墳が発見されています。古墳時代の3世紀から6世紀にかけ…
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- 加賀
- 椿原天満宮
- 菅原道真を祀り、永仁5年(1297)、京都北野天満宮より勧請。その後、前田家の祈祷所となり、金浦郷の総社となって田井天満宮と称しました。寛永年間(1624~44)、「椿原山」と称する現在地に移転し、明治期には椿原神社に改称しました。
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- 金沢
- 真行寺
- 【曹洞宗】寛永8年(1631)、本多家の家老・篠井雅楽助が州岩の篤信道念に感じ入り、一字を建立したのが起こりです。州岩は、豊臣方の武将・木村重成縁故の役僧で大乗寺十五世謙室呑益和尚を講じて開山としました。寺宝に矢田四如軒筆の絵画二幅があります。
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- 金沢
- 経王寺
- 【日蓮宗】慶長6年(1601)、三代利常の生母・寿福院が養仙院日護を招いて創建しました(但し、開山は寿福院の異母兄・善住院日淳)。後年、火災にあったが正保4年(1647)、寿福院十七回忌にあたり利常が再建しました。加賀騒動のヒロインお貞(真如院・六代吉徳の側室)の墓…
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- 金沢
- あいおすふれあい広場
- 加賀東谷の玄関口にある休憩所
- あいおすふれあい広場は山中温泉今立町にあり、加賀東谷地区の玄関口に位置します。加賀東谷地区に訪れた方のトイレを含めた休憩所として利用していただくことを目的として建てられ、お祭りなどのイベントの際には地元の住民との交流の場としても活用されています。建…
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- 加賀
- 金沢湯涌みどりの里
- 緑豊かな自然環境の中で、野菜づくりや農林産物の加工その他の農林業に関する体験等を通して、自然に親しむことができます。農林業についての理解を深め、農林業の振興と周辺地域の活性化に資するための施設として、2002(平成14)年5月に開設されました。
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- 金沢
- 寿経寺
- 領内に大地震があった1858(安政5)年、米価暴騰に苦しんだ庶民が卯辰山から藩主に直訴しました。暴徒として5人が処刑され、2人が牢死。その供養のため、門前に七稲地蔵尊像(なないねじぞうそんぞう)を建立しました。心岩和尚筆弁財天画像一幅があります。
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- 金沢