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妙慶寺
【浄土宗】初代利家の家臣・松平康定は利家と越中の佐々成正と交戦の折、極楽寺を本陣とし戦勝。後に寺は康定に伴い金沢に移り妙慶寺と改名。元日本排球協会会長で男子金メダル監督の故松平康隆氏、国連日本初代大使松平康東氏の祖先墓があります。
妙慶寺
  • 金沢
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妙圓寺
【日蓮宗】延宝町絵図によると、屋敷はほぼ30間四方であったようです。境内は420坪で、本堂・庫裡・山門などがあります。守護神として開運の神九曜星を祀り、明治時代に繁栄をきわめました。藩校の明倫堂で書を講じた河野四郎右衛門の墓があります。
妙圓寺
  • 金沢
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徳法寺
【真宗大谷派】天和2年(1682)僧宗入の創建になります。明治初期の大火で類焼し、現在地に移転しました。建物は平成元年に再建されたものです。
徳法寺
  • 金沢
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玄光院
【浄土宗】承応元年(1652)、根誉源政の創立。大正2年(1913)に永福寺を合併しました。本尊の善光寺式阿弥陀如来立像は黄金色の仏像。両脇には観音、勢至の両金銅製の菩薩像が侍立しています。現在の建物は江戸後期のものです。
玄光院
  • 金沢
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下馬地蔵
天徳院の下馬腰掛所があった所を下馬先といい、昔は天徳院の鎮守白山の社がありました。武士はここで馬を降りて天徳院に詣でました。現在は地蔵堂が残り、下馬地蔵と呼ばれています。
  • 金沢
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慶恩寺
【真宗大谷派】延徳3年(1491)の創建と伝えられています。僧慶心は金沢御堂の建立にともない本願寺の命を受け御堂衆を務めました。その後、越中から飛騨を布教し、90才で飛騨白川村加須良に示寂しました。木ノ新保から犀川河原町を経て万治元年(1658)、現在の地に移り…
慶恩寺
  • 金沢
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石伐坂(W坂)
「W」の文字を描くようにジグザグになった階段状の坂道で、室生犀星のお気に入りの散歩道だったという場所です。藩政時代には、坂の上に石工の職人町があったことから「石伐坂」の名が付いたようです。
石伐坂(W坂)
  • 金沢
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蓮覚寺
【日蓮宗】桃山時代の秘仏・七面大明神絵像は、19年に一度の開帳。平常は、寛文元年(1661)在銘で、極彩色の七面大明神の木像を拝みます。三代利常の生母「ちよ」の生家・上木家歴代の墓や辰巳用水を開鑿した板屋兵四郎の墓と伝えられるものがあります。 
蓮覚寺
  • 金沢
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常松寺
【曹洞宗】慶長16年(1611)、長門町(現・片町)にあった山崎長徳の下邸内に創建されました。越前南条郡高瀬の宝円寺住職・廣山を請うて開山としました。寛永12年(1635)現在地に移転しました。明治期に伽藍を焼失したため、江戸後期の坐禅堂を本堂としています。
常松寺
  • 金沢
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唯念寺
【真宗大谷派】慶長2年(1597)、寂善法師により創建されました。はじめは小立野にありましたが、寛文元年(1661)現在地に移転しました。「嫁坂・唯念寺」と呼ばれ、本堂には聖徳太子の木像が安置されています。本堂および内陣は他宗派の建て方で、途中で転派したと考え…
唯念寺
  • 金沢
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献珠寺
【臨済宗】慶安4年(1651)、加賀藩士・横山式部長治の妻・海元院が、母・献珠院のために母の帰依僧・遠山を招き建立しました。献珠院は初代利家の孫娘・肅姫です。無住の時代を経て元禄(1688~1704)末年、妙心寺の嵩山を招き臨済宗に復しました。
献珠寺
  • 金沢
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永福寺
【浄土宗】当初、珠洲郡上戸村にあったが、泉野の地で寺領を拝領し、天明元年(1781)当地に移りました。中興は弁誉和尚であり、現在の建物は江戸後期のものです。
永福寺
  • 金沢
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善徳寺
【真宗大谷派】慶安3年(1650)、越中の城瑞善徳寺の六代顕勝が金沢材木町に掛所を建立したのが始まりです。万治元年(1658)、三代利常より現在地を賜り移転しました。明治12年(1879)、善徳寺支院と改称しました。平成6年(1994)、本院から独立して真宗大谷派善徳寺と…
善徳寺
  • 金沢
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誓願寺
【浄土宗】鎌倉から六枚町を経て現在の場所に移りました。本尊阿弥陀如来像、江ノ島由縁の弘法大師作の秘仏開運弁財天像、苦行釈迦像、箸供養で歯痛平癒を祈願した観世音菩薩像を祀っています。金箔功労者の越野左助、氷室万頭元祖の道願屋彦兵衛などの墓があります。
誓願寺
  • 金沢
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實相寺
【真宗大谷派】安永3年(1774)、真宗東派願楽寺第五世智清の三男・覚円が独立し、後に本願寺より寺号が許可されました。さらに明治13年(1880)、菊田霊明が彦三町に創設した際に寺号公称が許可されました。三味線の祖である越中屋与兵衛の墓があります。
實相寺
  • 金沢
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広昌寺
【曹洞宗】慶安2年(1649)、林道上人が金沢塩屋町に移したが、寛文10年(1670)、加賀藩の命により当地に寺地を賜わりました。毎月一回「秋葉講」などを行っています。画師・福島元興、明治の女子新聞記者・岡田愛子の墓などがあります。
広昌寺
  • 金沢
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高源院
【曹洞宗】開山の春尭和尚が初代利家の息女・福姫の縁類となったことを感謝して寛永18年(1641)、大豆田に建立しました。福姫の戒名より高源院と称しました。万治2年(1659)当地に移転。金沢西国29番の霊所です。毎年7月1日には「一ツ灸」が執行されます。
高源院
  • 金沢
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旧奥村家上屋敷土塀(金沢医療センター土塀)
加賀藩家老の八家、通称「加賀八家」のひとつである奥村家の屋敷跡の土塀です。家祖・奥村永福(ながとみ)は前田利久(加賀初代藩主前田利家の兄)に仕え荒子城代を務め、加賀藩初代藩主前田利家が前田家を相続した際に前田家を一旦、辞します。再び利家に仕えたのは天正…
旧奥村家上屋敷土塀(金沢医療センター土塀)
  • 金沢
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木曽坂
兼六園から東に伸びる小立野台地には、風情漂う坂がたくさんあります。最も急な坂は「八坂」で、この八坂を下りると、松山寺、鶴林寺、雲龍寺などの寺が並ぶ一角にたどりつき、ここをさらに行くと現われるのが「木曽坂」です。「木曽坂」は木曽の山中のような幽すいな…
  • 金沢
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旧新町界隈
武蔵ヶ辻から橋場町へと続く大通りの北側に位置し、尾張町の拡大に伴い新しく町立てされたことにその名が由来する「旧新町」。隣接する主計町、並木町とともに、浅野川界隈に栄えた商業・文化活動の舞台となったこの町を訪れると、赤や黒に彩られた外壁や連なる格子戸…
旧新町界隈
  • 金沢
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