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- 五百羅漢・芭蕉旧跡熊谷山 全昌寺
- 山口玄蕃宗永公の菩提寺
- 熊谷山全昌寺は、大聖寺城主山口玄蕃宗永公の菩提寺で曹洞宗の寺。極彩色の五百羅漢像は江戸時代末期の作で517体の仏像が1体も欠けることなく羅漢堂に安置されています。芭蕉と曽良が奥の細道行脚中に一泊、当時の部屋が茶室として復元されました。本堂には芭蕉木像が…
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- 加賀
- 浄蓮寺の枝垂桜(町指定天然記念物)
- 樹齢130年と推定されており、ピンク色の花がこぼれ落ちるように咲く姿は圧巻です。訪れる人に、思わずため息を誘います。静かな境内にいらかの波が良く似合い、春の風情を醸し出します。
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- 能登
- 虚空蔵山城跡
- 室町から戦国期にかけての山城で、白米城、和気山城、舘城とも呼ばれていました。城主は兄の富樫正親と加賀の守護職を争い破れた富樫幸千代です。のちに一向一揆の旗頭である荒川市介、長山九郎兵衛らが居城し、1575(天正3)年、織田信長軍の武将柴田勝家が一向一揆…
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- 加賀
- 西慶寺 ヤマモミジ
- 大きさは県内最大級
- 浄土真宗大谷派西慶寺は、穴水町から門前方面に向かう途中、右手に案内板を見つけることができ、近くに駐車場があります。 境内に自生している県内最大級のヤマモミジは、樹齢は推定で500年、高さは約20メートル、枝張りは約25.5メートルあり、下方の道路に向か…
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- 能登
- 服部神社
- 機織の神の天羽槌雄神(あめのはづちのおのかみ)を祀るとされています。927年の書物によるとその時代には大変立派だった社殿も、1552年越前の朝倉義景の戦火にあって社殿を消失しました。 江戸末期には廃絶されていましたが、明治8年、現在の場所に服部神社を再興さ…
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- 加賀
- 卯辰山麓寺院群
- 卯辰山麓の傾斜地に広がる城下町の要所に形成された三寺院群のひとつで、藩政期からの細街路や街並みが今も色濃く残ります。寺院の数はおよそ50にものぼり、それぞれの歴史を持つ古刹には、金沢伝統工芸の祖やゆかりの人々の墓が置かれ、静かに時の流れを刻んでいます…
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- 金沢
- さとりの道
- 穴水町の中居地区は、江戸時代に北前船で栄え、集落に比較的多くの寺社があります。さとりの道は、海岸沿いの丘の上にある、8つの寺院・神社を結んだ散策コースです。起終点は穴水町中居地区です。経路は、能登中居鋳物館、地福院、明王院、一乗院、神杉神社、月光院…
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- 能登
- 大王寺(あわづ温泉)
- あわづ温泉の守護寺です。真言密教の寺で、約1300年前の養老2(718)年に泰澄大師(泰澄神融禅師)によって開かれました。霊告に従い粟津の地を訪れた泰澄大師は、村人とともに温泉を掘り当てました。この時、その力に感嘆した住民の請いに応じて、泰澄大師は首に掛け…
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- 加賀
- 宝円寺
- 加賀藩初代藩主・前田利家と松の寺
- 【曹洞宗】初代利家が建立した寺で、開山は利家が越前府中(福井県越前市)時代に帰依した大透圭徐禅師。藩主一族の位牌が安置された前田家の菩提寺です。墓所内には、利家の自画像と髪を納めた御影堂・御髪堂や江戸初期の画聖俵屋宗達の墓があります。
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- 金沢
- 多太神社・多太神社宝物館
- 芭蕉も感激した「実盛の兜」
- 木曾義仲との合戦に敗れ、最期を遂げた平家の武将・齋藤別当實盛の兜(国指定重要文化財)が保存されています。源平合戦から500年後、「奥の細道」の道中に多太神社を訪れた松尾芭蕉は兜を見て「むざんやな甲の下のきりぎりす」と句を詠み、實盛をしのんだと言われて…
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- 加賀
- 信行寺書院(和倉温泉) ※能登半島地震の影響により当面の間書院の拝観休業中 お参りはできます
- 国登録有形文化財に登録されている信行寺書院
- 御便殿は明治42年(1909年)に東宮殿下(後の大正天皇)が和倉行啓の際の休憩所として建てられました。信行寺にある御便殿は、随行員の控室であった供奉殿の部分であり、今は信行寺書院となっています。もともと御便殿は本殿(御座所)と供奉殿が一体となっていました…
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- 能登
- 山王宮 本折日吉神社
- 『開運魔除け』の神様
- 町の中心にある、破風付の朱色の鳥居が印象的な山王宮・本折日吉神社は、昔から「山王さん」「日吉さん」と呼ばれ親しまれています。全国に約二千ある日吉神社・日枝神社・山王神社の総本宮である滋賀県大津市の日吉大社は、猿を神の使いとして崇拝することで知られ、…
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- 加賀
- 宇多須神社
- 浅野川の河辺から掘り出した古鏡に卯と辰の紋様があり、卯辰神を祀ったことが起こりとされています。初代利家没後、卯辰八幡宮を建立し、利家の神霊を祀って藩社としました。境内奥手には五代綱紀の病を平癒したとする「利常公酒湯の井戸」があります。
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- 金沢
- 能登部神社
- 加賀藩初代藩主前田利家が深く崇拝し「兄宮の神域を侵すべからず」との掟書を記した高札を与えました。また、利家の側室寿福院がこの場所で加賀藩3代藩主前田利常を出産したと伝えられていることから、利常の産神として仰がれています。
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- 能登
- 伊須流岐比古神社
- 1653(承応2)年、加賀藩3代藩主前田利常の寄進により、伊須流岐比古神社は建立されました。神興堂(権現堂)と呼ばれていた拝殿は、1701(元禄14)年に造られ、両建物は県指定文化財に指定されています。
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- 能登
- 徳保の千本椿
- 徳保神社の社叢林(しゃそうりん)は、小規模ながら自然林が保存されており、特にヤブツバキの群生地が有名です。樹高12メートル、周囲1.6メートルの大木もあります。2月下旬から4月にかけて、あたり一面に真っ赤な花が咲き乱れることから「徳保の千本椿」と呼ばれて…
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- 能登
- 小松天満宮
- 小松城の鬼門を守った天神様
- 日本海へと注ぐ梯(かけはし)川のほとりに建つ小松天満宮は、加賀藩三代藩主前田利常公により明暦3年(1657)に、梅林院(宮司宅)とともに造営されました。その目的は、小松城、金沢城の鬼門の線上に正確に造営する事によって、怨霊から加賀藩を守ることだったといわれて…
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- 加賀
- 佐野九谷陶祖神社
- 360年の歴史を誇る伝統工芸「九谷焼」。赤絵細描技法を発展させた九谷焼の開祖である斎田道開が祀られています。
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- 加賀
- 大乗寺
- 大乗寺の仏殿は、山門の奥に建ち、法堂・庫裏・僧堂と回廊で繋がっており、棟札によって、元禄15年の上棟であることが知られています。低い基壇の上に建ち、入母屋造り、平入り、本瓦葺きです。床は漆喰叩きの土間とし、角柱を用いるなどかなり簡略化していますが、禅…
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- 金沢
- 伏見寺
- 【高野山真言宗】本尊の阿弥陀如来像は平安初期の金銅仏の力作、国の重要文化財。金沢の地名発祥にまつわる芋掘藤五郎ゆかりの寺。金沢観音霊場第14番礼所。また、護摩堂にある木彫の不動明王坐像は、弘仁期(810~24)の作と伝えられています。
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- 金沢