検索結果

581件ありました
並び順
人気順(週間)
近い順
更新順
表示切替
タイル
リスト
マップ
即願寺
【真宗大谷派】開山である念西は信州高森の郷士・高森壱岐守秀知と称し、越中国新川郡黒崎村に住んでいたが、のちに金沢に移り、万治4年(1661)現在地に移りました。寺宝には、聖徳太子木像、蓮如上人御筆二軸、親鸞筆月影歌一軸などを有しています。
即願寺
  • 金沢
detail_22377.html
宗龍寺
【曹洞宗】前田家府中衆家臣岡嶋一吉を、開基として慶長17年(1612)、開創されました。享保21年(1736)本堂が焼失し、その後復興しました。明治38年(1905)、二十八世住職真鍋魯侑(後の総持寺祖院監院)が、金沢三十三観音霊場番外地として花山法皇殿を創設しました。
宗龍寺
  • 金沢
detail_22376.html
心蓮社
【浄土宗】寛永14年(1637)塩屋町から移転。寺宝は国の重要文化財「絹本著色阿弥陀三尊来迎図」。芭蕉十哲の立花北枝、藩政改革の先駆者・寺島蔵人の墓などがあります。市の名勝に指定される庭園は「めでた造り」と言われる遠州流庭園。
心蓮社
  • 金沢
detail_22364.html
持名寺
【真宗大谷派】合掌造りの真宗道場として、蓮如上人由縁の旧蹟として知られています。文明7年(1475)5月、上人北国巡錫の折、二俣から卯辰山麓の八兵衛の家を足がかりとして教化されました。そのため上人の「川越の名号」や書幅が寺宝として伝わっています。
持名寺
  • 金沢
detail_22354.html
三宝寺
【日蓮宗】小松にあった時は三代利常の生母・寿福院の位牌所にもなっていました。寛文11年(1671)金沢に移転。寺内には秋山神を安置するが痔疾に効験があるといわれ、参拝者も多いです。寺宝には不動・愛染(絹本)・妙見尊の画像などがあります。
三宝寺
  • 金沢
detail_22350.html
円光寺
【日蓮宗】二代利長が守山在城時代に寺地を賜ったことが起こりとされています。富山、高岡と利長に従って移り、寛永13年(1636)現在地に移りました。利長が高岡在城の頃に守本尊として信仰した観世音菩薩像が安置されています。宗祖御会式、観世音祭礼を勤修。
円光寺
  • 金沢
detail_22307.html
子ども作品展「第19回 名前一文字展」【後期】~年中以下、小学1・3・5年生の部~
期間:3/16(土)~4/7(日)
幼児から小学生までの子どもたちが、大切な自分の名前から好きな「一文字」を選んで、自由に書いた作品を前期と後期に分けて展示します。3月16日から開催の後期では「年中以下、小学1・3・5年生」の作品を展示します。
子ども作品展「第19回 名前一文字展」【後期】~年中以下、小学1・3・5年生の部~
  • 金沢
detail_22444.html
辰巳用水
金沢城を守る「命の水」
辰巳用水は、1631年に金沢城を焼き尽くした大火をきっかけに、翌1632年(寛永9年)に完成した全長約16.5kmに及ぶ用水路です。当時の最先端技術が惜しみなく投入されています。しかし、当時は徳川幕府との緊張関係が続いていたため、万が一に備えて飲み水を確保すると…
辰巳用水
  • 金沢
detail_5527.html
立正寺
【法華宗】承応2年(1652)、光要院日達上人を開山として、源入山本光寺を創建しました。前田家に仕えた勤王の志士・不破富太郎、金沢の経済発展に多大な貢献をした明治初期の貿易商・圓中孫平の各墓所があります。昭和初期に現山号・寺号としました。
立正寺
  • 金沢
detail_22482.html
一閑院
【曹洞宗】一閑院は寛永8年(1631)宝円寺五代泰山が、鶴来村に建立、明治5年(1872)、現在地に移転した曹洞宗の名刹です。禅師は戦国大名朝倉義景の第三子で名刹宝円寺の住職を務め、総持寺を大本山に格上げする功績を残し、晩年一閑院に過ごしました。
一閑院
  • 金沢
detail_22472.html
妙泰寺
【日蓮宗】元和元年(1615)、豊臣秀吉の養女となった初代利家の娘・豪姫と宇喜多秀家の間に生まれた子女(貞姫)理松院を葬りました。理松院の五輪の墳墓には歯痛平癒を祈願する人が絶えませんでした。寺宝には加賀藩火矢方御用(高麗小川流石火矢)文書などがあります。
妙泰寺
  • 金沢
detail_22406.html
本蔵寺
【日蓮宗】加賀国河北郡車村(金沢市車町)の宝乗寺第十九世・日運上人が京都の妙顕寺より曼荼羅を授かり、同所に建立しました。安政5年(1822)、現在の地に移転しました。約150坪の境内には本堂・庫裡・山門などが建っています。
本蔵寺
  • 金沢
detail_22396.html
東山御嶽神社
【御嶽山】大正7年(1918)、霊峰木曽御嶽山の御神体を御嶽大神として奉りました。同時に不動明王を信仰し、山岳修業に身を投じ、滝行により一願不動尊の信仰に灯を点し続けています。不動尊は木像の立像で、一丈六尺の巨大明王です。
東山御嶽神社
  • 金沢
detail_22495.html
傳泉寺
【真宗大谷派】1601年(慶長6年)創建。1875年(明治8年)以降建立の本堂外部や鐘楼堂を1999年(平成11年)に修復しました。もとは天台宗の僧が建立したと伝えられていますが、後に浄土真宗に変わり、本願寺が東西に二分された時以来、東に属し、寺号も傳泉寺と改められまし…
傳泉寺
  • 金沢
detail_22380.html
善妙寺
【日蓮宗】慶応4年(1868)、十三代藩主斉泰が卯辰山開発の折に庚申塚の土中より出現した日月天子像を日教上人に託し祭祀したのが起源です。明治12年(1879)に東京の善妙院を現在の地に移し立向山善妙寺と改号。文豪、泉鏡花ゆかりの摩耶夫人尊天像を安置しています。
善妙寺
  • 金沢
detail_22375.html
実成寺
【法華宗】由来書によれば、十代重教の生母・実成院から国家安泰の祈祷を命ぜられたとあります。宝暦11年(1761)、実成院が没すると実成寺において葬礼が行われ、霊屋が設けられました。実成院の法号は、実成寺の号を採ったものと思われます。
実成寺
  • 金沢
detail_22352.html
興徳寺
【日蓮宗】羽咋市妙成寺の末寺で正保元年(1644)秀閑日受が宝達山に建てた寺が起こり。寺蔵の鬼子母神像は前田家の家臣、青磁焼きの祖:諏訪蘇山の作。山門の紅い門は当山に安置の加藤清正公が朝鮮出陣の武運長久の祈願の為と伝えられています。
興徳寺
  • 金沢
detail_22341.html
馬坂
宝町と天神町を結ぶ坂。昔、小立野と田井村を往復する農夫が使った馬道で、坂の途中には不動尊が鎮座しています。
馬坂
  • 金沢
detail_22304.html
北陸学院 ウィン館
アメリカ人宣教師トーマス・C・ウインの住居として明治24年(1891年)に建てられた、典型的なコロニアル形式の洋館です。北陸学院ウィン館として、北陸学院の歴史史料の展示公開を行っておりましたが、2025年3月で休館になっています。金沢市指定の保存建造物です。
北陸学院 ウィン館
  • 金沢
detail_22322.html
小坂神社
中世期にはたびたび兵火を受けて焼失したが、寛永13年(1636)、三代利常により現地において再興しました。以来、金沢北郊鎮護の大社として藩主はもとより衆庶から尊信を集めました。金沢五社の一つ。階段の中腹には芭蕉句碑が建っています。
小坂神社
  • 金沢
detail_22344.html
ページトップへ