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- 祥雲庵
- 本格的な茶道体験ができます
- 「祥雲庵」は遠州流茶道お家元から頂いたお茶室の名前です。縁起の良い雲を意味する「祥雲」の下にある静かな隠れ家のような「庵」で、お客様へ一服のお茶を点て心を通わせられることを楽しみにしております。
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- 金沢
- 龍雲寺
- 【曹洞宗】輪島市にある大本山総持寺祖院内、芳春院の大昌文意和尚を開山とし、寛文元年(1661)土屋勘四郎が創建しました。勘四郎は藩主に忠誠を誓う証として、一向宗から禅宗に転宗しました。檀家・土屋又三郎は近世農政における日本三傑といわれています。
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- 金沢
- 献珠寺
- 【臨済宗】慶安4年(1651)、加賀藩士・横山式部長治の妻・海元院が、母・献珠院のために母の帰依僧・遠山を招き建立しました。献珠院は初代利家の孫娘・肅姫です。無住の時代を経て元禄(1688~1704)末年、妙心寺の嵩山を招き臨済宗に復しました。
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- 金沢
- 金石銭五公園
- 銭屋五兵衛の銅像が建っているところから通称銭五公園といいます。以前はこのあたりはすべて松林でしたが、戦後松の木やアカシヤの木が切られて住宅が建てられ広場が造られました。かつてこの地は五兵衛の句碑が建てられており、五兵衛の俳号からとって亀巣台と呼ばれ…
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- 金沢
- 永福寺
- 【浄土宗】当初、珠洲郡上戸村にあったが、泉野の地で寺領を拝領し、天明元年(1781)当地に移りました。中興は弁誉和尚であり、現在の建物は江戸後期のものです。
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- 金沢
- 妙慶寺
- 【浄土宗】初代利家の家臣・松平康定は利家と越中の佐々成正と交戦の折、極楽寺を本陣とし戦勝。後に寺は康定に伴い金沢に移り妙慶寺と改名。元日本排球協会会長で男子金メダル監督の故松平康隆氏、国連日本初代大使松平康東氏の祖先墓があります。
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- 金沢
- 妙応寺
- 【日蓮宗】慶長4年(1599)金沢城外に総構堀を造るため用地召上げとなり、犀川中河原町など数度移転し、現在地に移りました。寺宝には、日蓮大菩薩像、法華経八巻を納めた宝塔など。元禄の茶人・慧応院日感、儒臣・西坂成庵などの墓があります。
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- 本長寺
- 【顕本法華宗】宝暦12年(1762)の大火で焼失後、学僧・日鑑らにより再建されました。本堂内で9年の歳月をかけ制作した国内では珍しいフレスコ壁画「釈尊伝」が平成28年に完成しました。参拝者なら拝観できます。前庭には芭蕉の「春もやゝけしき調ふ月と梅」の句碑が建…
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- 徳法寺
- 【真宗大谷派】天和2年(1682)僧宗入の創建になります。明治初期の大火で類焼し、現在地に移転しました。建物は平成元年に再建されたものです。
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- 長周寺
- 【真宗大谷派】嘉禎2年(1236)、近江の国、醒井城主・廣田稲葉守重長が出家し、教西坊となり当寺を創建しました。後の文明3年(1471)、第七世・善智坊が本願寺蓮如に随って北国で布教した折、金沢の石引に移りました。
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- 眞長寺
- 【高野山真言宗】宝暦12年(1762)隣家からの出火で付近269軒が焼失する大火があったが、境内の稲荷社は無事でした。稲荷社は金沢城内出火の折に預けられた社です。類焼が免れたのは稲荷社の威光であるとして「眞長寺稲荷霊異記」が伝えています。
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- 慈雲寺
- 【法華宗真門流】前田家兵法指南役だった冨田家と今井彦右衛門の菩提寺。寺蔵の毘沙門天は九代重靖の守本尊で、毎年10月金沢城内に迎えられ拝礼されたといわれています。冨田流剣法の冨田重政・郷土史家冨田景周など冨田家一門の石廟や五輪塔の墓があります。
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- 年末年始限定 能楽堂前 臨時有料駐車場
- 年末年始(12月29日~1月3日)限定で、能楽堂前の文化施設共用駐車場を臨時有料駐車場としてご利用いただけます。
- 年末年始(12月29日~1月3日)期間中、県文化施設が休館となることに伴い、能楽堂前の文化施設共用駐車場は、用途を定めない臨時有料駐車場としてご利用いただけます。※国立工芸館(令和6年は、1月2日から開館)、 ルミュゼドゥアッシュ金沢をご利用のお客…
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- 本妙寺
- 【法華宗】元和9年(1623)、越中高岡本陽寺の弟子・円重院日覚が創建しました。開基旦那は二代利長に仕えた中将という女中で、中将は日覚の姉にもあたります。境内には、加賀騒動の際のお貞(真如院)とかかわりのあった半田家の墓もあります。
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- 二十人坂
- 藩政時代、足軽二十人組が住んでいたことから名付けられた二十人坂。一本松陸橋の下には川は流れず、地域住人の生活道路が立体交差しています。春にはサクラが美しい場所です。
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- 高源院
- 【曹洞宗】開山の春尭和尚が初代利家の息女・福姫の縁類となったことを感謝して寛永18年(1641)、大豆田に建立しました。福姫の戒名より高源院と称しました。万治2年(1659)当地に移転。金沢西国29番の霊所です。毎年7月1日には「一ツ灸」が執行されます。
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- 慶恩寺
- 【真宗大谷派】延徳3年(1491)の創建と伝えられています。僧慶心は金沢御堂の建立にともない本願寺の命を受け御堂衆を務めました。その後、越中から飛騨を布教し、90才で飛騨白川村加須良に示寂しました。木ノ新保から犀川河原町を経て万治元年(1658)、現在の地に移り…
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- 成学寺
- 【浄土宗】本堂は創建当初のままの切妻・平入・桟瓦葺・向拝付きで、書院造り的な江戸初期の建築様式が見られる貴重な建物。境内には俳人・堀麦水らが建立した「あかあかと日はつれなくも秋の風」の芭蕉の句が刻まれた「蕉翁墳」があります。
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- 實相寺
- 【真宗大谷派】安永3年(1774)、真宗東派願楽寺第五世智清の三男・覚円が独立し、後に本願寺より寺号が許可されました。さらに明治13年(1880)、菊田霊明が彦三町に創設した際に寺号公称が許可されました。三味線の祖である越中屋与兵衛の墓があります。
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- 國泰寺
- 【臨済宗】二代利長夫人・玉泉院の二十五回忌法要の折、小松から三代利常がお参りに訪れ、装束を当寺で改めたと伝えられています。境内の秋葉権現を祭る堂は火ぶせの神として尊信されています。タカジアスターゼ創製の高峰譲吉博士の菩提寺でもあります。
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