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- 旧角海家住宅
- 北前船交易で栄えた船主の邸宅
- 黒島は、北前船の船主や船員の集落として栄えたところです。ここには多くの廻船問屋があり、角海家もその1つでした。幕末から明治中期にかけ7艘の北前船を所有し、北海道から大阪にかけて幅広く活躍しましたが、廻船業が下火になると漁業や金融業に生業をかえて活躍し…
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+ detail_4973.html
- 角偉三郎美術館
- 能登の地で、常に木や漆の新しい「かたち」を追求した漆作家に、角偉三郎がいます。角氏の作品を豊富に揃えて、常設展示しています。
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+ detail_4972.html
- 七尾豊年太鼓
- 700年前、能登地方に大干ばつが続いていました。農民は、田んぼの中に大きな櫓(やぐら)を建て、その上で必死に雨乞いの太鼓を打ち続けました。その願いが天に通じ、やがて大粒の慈雨が大地を潤し、豊作に恵まれたと伝えられています。以来、雨乞いの太鼓が「豊年太…
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+ detail_6001.html
- 珠洲市立珠洲焼資料館【臨時休館中】
- 平安時代末期から室町時代中期にかけての約400年の間、須恵器の伝統を受けつぎ、無釉(むゆう)、還元焔(かんげんえん)で焼かれた、灰黒色で力強い造形美を誇る「珠洲古陶」や資料を展示しています。時代による移り変わりや、流通した様子、当時の信仰や生活との関…
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+ detail_5642.html
- 岡部家(県指定有形文化財)
- 鎌倉時代に源平合戦「一の谷の戦い」で手柄を立てた「岡部六弥太忠澄」に、鎌倉幕府が与えた領地の一つに口能登があり、ここに親族を送り込んだのが最初とされています。文化財である岡部家住宅は、元文元年8月(1736)に再建されたもので、茅葺き(麦藁・稲藁・茅に…
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+ detail_4790.html
- 能登国分寺展示館
- 国分寺は、鎮護国家のために聖武天皇の詔(みことのり=天皇の命令)によって全国に建立されました。能登国分寺は、843(承和10)年に豪族の氏寺を転用した国分寺で、古代能登国の中心寺院として400年間栄えました。能登国分寺展示館は、国史跡「能登国分寺跡」に隣接…
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+ detail_6099.html
- 能登中居鋳物館
- 穴水町の中居地区は、平安時代から大正末期まで約800年間、鋳物で栄えた町です。先祖の業績がしのばれる灯籠や喚鐘(かんしょう)、茶釜などの貴重な鋳物を展示しており、鋳物師に関係する古文書を公開しています。
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+ detail_6124.html
- 白山神社
- 三間社流造の本殿は、法住寺(ほうじゅうじ)の鎮守として室町時代末期に創建されました。再三の修理により、部材のほとんどが取り替えられましたが、古い部分は多く残されており、国指定の重要文化財になっています。1972(昭和47)年、解体修理を行った際に瓦葺きか…
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+ detail_6246.html
- ふるさと創修館
- 古くから伝えられてきた曳山祭事の紹介をはじめ、中能登町内から出土した縄文・弥生式土器や、古代の生活を現在に伝える民具、農機具も数多く展示しています。町の軌跡を紹介する歴史館です。メインとなる曳山・郷土資料展示室は有料ですが、町内にある14基の曳山が電…
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+ detail_6388.html
- 松尾神社
- 平安時代から伝わる歴史的神社
- 承和元年(834年)、松尾神社は山城国松神社より勧請(かんじょう)されたと伝えられています。祭神は、大山咋命(おおやまくいのみこと)、玉依比賣命(たまよりひめのみこと)を祭り、古来、町居・草木・日下田の三カ村の惣社「松尾大明神」として崇敬されてきまし…
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+ detail_6509.html
- 石動山資料館
- 百年以上守られてきた仏像や古文書など、石動山の歴史を学べます。
- 明治の瓦解以来、百数十年以上にわたり、山内を中心に守り伝えられてきた仏像・仏具・絵図・古文書などの歴史資料およそ70点が展示されており、また、野外の史跡と一体となった石動山の歴史を学べる施設となっています。
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+ detail_5682.html
- 古墳公園とりや
- 北陸最大規模の群集墳。古代の歴史を感じながら親子で遊べる公園です。
- 中能登町は埋蔵文化財がとても多く、中でも古墳の数は石川県全体の一割を占めており、約350基あります。このうち、川田地区周辺の里山に約150基が集中しています。この群集墳は北陸最大規模で、研究者の注目を浴びるほどです。古墳公園とりやには、前方後円墳をかたど…
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+ detail_5347.html
- さとりの道
- 穴水町の中居地区は、江戸時代に北前船で栄え、集落に比較的多くの寺社があります。さとりの道は、海岸沿いの丘の上にある、8つの寺院・神社を結んだ散策コースです。起終点は穴水町中居地区です。経路は、能登中居鋳物館、地福院、明王院、一乗院、神杉神社、月光院…
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+ detail_5472.html
- 信行寺書院(和倉温泉) ※能登半島地震の影響により当面の間書院の拝観休業中 お参りはできます
- 国登録有形文化財に登録されている信行寺書院
- 御便殿は明治42年(1909年)に東宮殿下(後の大正天皇)が和倉行啓の際の休憩所として建てられました。信行寺にある御便殿は、随行員の控室であった供奉殿の部分であり、今は信行寺書院となっています。もともと御便殿は本殿(御座所)と供奉殿が一体となっていました…
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+ detail_21686.html
- 倒さスギ
- 真言宗の古刹・高照寺の門前にある老杉です。樹齢は約700年とも言われ、県の天然記念物に指定されています。杉の枝が地面を這うようにして、逆さに垂れていることから「倒さ(さかさ)スギ」と呼ばれるようになりました。八百比丘尼(はっぴゃくびくに)が昼食時に杉…
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+ detail_5458.html
- 久麻加夫都阿良加志比古神社
- 俗称熊甲神社です。作者、年代とも不詳ですが、藤原時代の造像とみられる久麻加夫都阿良加志比古神社座像は、国の重要文化財です。例大祭の熊甲二十日祭(9月20日)は、数多い能登の祭りの中で奇祭として知られる勇壮な祭りです。
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+ detail_5257.html
- 常椿寺のヤマフジ(夫婦藤)
- 能登町宇出津の高台にある巨樹で、樹齢およそ550年と言われています。昇龍(しょうりゅう)と臥龍(がりゅう)と名付けられた2本のヤマフジのうち、大きいもので根回り6.2メートル、胸高周囲4メートル、樹高25メートルにも達しています。2本のフジが互いに寄り添うように…
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+ detail_5386.html
- 七尾まだら
- 七尾市を中心に遺存する祝儀歌。他に輪島市、穴水町で、それぞれ地名を冠したまだら節がある。産み字を長く引き、ほとんど合唱で歌うのが特徴。古くから船方の祝儀歌として歌われた。現在では一般の冠婚や祝儀の席で広く歌われている。(県指定無形民俗文化財)
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+ detail_6002.html
- 能登国分寺跡
- 能登国分寺は843(承和10)年、国家鎮護・五穀豊穣を願って創建されました。1970(昭和45)年から始まった発掘調査で、塔や金堂、講堂などの主要な伽藍(がらん)が明らかになりました。寺跡の南方外側に礎石(そせき)を有する、3棟の遺構も発掘され、1974(昭和49)…
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+ detail_6098.html
- 能登部神社
- 加賀藩初代藩主前田利家が深く崇拝し「兄宮の神域を侵すべからず」との掟書を記した高札を与えました。また、利家の側室寿福院がこの場所で加賀藩3代藩主前田利常を出産したと伝えられていることから、利常の産神として仰がれています。
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+ detail_6136.html