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- 雨の宮古墳群
- 登れる古墳
- ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響で1号墳・2号墳など主要な古墳は見学できません。雨の宮古墳群は、眉丈山(標高188メートル)の山頂を中心に、4世紀の中頃から5世紀の初めにかけて造られた36基の古墳から成っています。最も高い場所にある通称「雷ヶ峰」に位置…
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+ detail_4559.html
- 羽咋神社
- 羽咋の開拓神を祭る神社。
- 第11代垂仁天皇の第10皇子で、羽咋地域の開拓神とされている磐衝別命(いわつくわけのみこと)と、その息子で羽咋国造(くにのみやつこ)に任じられたとされる石城別命(いわきわけのみこと)を祭る神社です。磐衝別命にまつわる地域の伝承として、当時羽咋では怪鳥が住…
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+ detail_6220.html
- 和倉温泉 七福神福々めぐり
- 温泉街めぐりで福来たる!
- 和倉温泉の七つの名所にそれぞれの場所にちなんだ幸せを呼ぶ七福神の石像と顔の輪郭彫りが設置されています。各旅館にご用意してある用紙に七福神の輪郭を押しつけて、こすってください。七福神が七人揃ったら、和倉温泉旅館協同組合加盟の旅館宿泊で記念品をプレゼン…
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+ detail_18424.html
- 正覚院
- 気多の神のお告げを受け創建。
- 泰澄大師が気多の神のお告げを受けて創建したと伝わる寺院。1000年以上にわたり気多大社の神宮寺としての役割を担いました。明治初頭の神仏分離令により気多大社から独立する際、多くの宝物が正覚院に移設。重要文化財の阿弥陀如来坐像も気多大社の大講堂に安置されて…
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+ detail_5549.html
- 高澤ろうそく店 ※現在仮店舗で営業中
- 1892(明治25)年の創業以来120年余り、石川県で唯一、伝統の七尾和ろうそくを作り続けています。ろうそくは仏教の普及と共に、仏壇にともす明かりとして日本に広まったものと考えられています。江戸時代に原料の油をとるハゼの木の栽培が奨励され、ちょうちんの普及…
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+ detail_6004.html
- 西慶寺 ヤマモミジ
- 大きさは県内最大級
- 浄土真宗大谷派西慶寺は、穴水町から門前方面に向かう途中、右手に案内板を見つけることができ、近くに駐車場があります。 境内に自生している県内最大級のヤマモミジは、樹齢は推定で500年、高さは約20メートル、枝張りは約25.5メートルあり、下方の道路に向か…
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+ detail_21632.html
- 伊須流岐比古神社
- 1653(承応2)年、加賀藩3代藩主前田利常の寄進により、伊須流岐比古神社は建立されました。神興堂(権現堂)と呼ばれていた拝殿は、1701(元禄14)年に造られ、両建物は県指定文化財に指定されています。
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+ detail_4665.html
- 菅原神社
- 県内最古の菅原神社。960(天徳4)年、山城国北野天神より勧請されたといいます。加賀藩前田家は菅原道真の末裔と称していたため、1582(天正10)年、藩祖利家が戦勝を祈り社殿を造営して以来、歴代藩主の崇敬厚く、参拝、寄進が頻繁に行われました。全国的には菅原道…
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+ detail_5628.html
- 明治の館〈室木家〉【令和6年能登半島地震の被害により、当面の間休館いたします】
- 室木家は、江戸時代には回船問屋や酒造業を営み、近代では国会議員を務めていました。豪壮な合掌組入母屋造りで茅葺の住宅が「明治の館」として公開されています。
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+ detail_6173.html
- 平時忠卿及び其の一族の墳
- 平清盛の妻の弟である平時忠は、大納言として栄華を誇りました。1185(文治元)年、平家が壇ノ浦の戦いで亡びた後、能登の国・珠洲大谷に流されました。その後、時忠は珠洲市則貞地内に居を構え、1189(文治5)年2月、60歳で永眠しました。時忠と一族の墓と伝えられる…
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+ detail_5720.html
- 明泉寺
- 白雉3年(西暦652年)創建の古刹。本堂前にある石造の石塔五重塔は、国指定重要文化財。
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+ detail_20176.html
- 中島お祭り資料館・お祭り伝承館
- 国指定重要無形民俗文化財・熊甲二十日祭(くまかぶとはつかまつり)の枠旗行事(わくばたぎょうじ)をはじめ、七尾市中島地区の祭礼を熱気そのままに再現しています。祭りの興奮を、120インチの大画面でリアルに体感できます。
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+ detail_5942.html
- 輪島市文化会館
- 大ホールや展示室、会議室などの文化施設があります。
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+ detail_6830.html
- 道閑刑場跡
- 中能登町久江にある道閑が処刑された刑跡です。17世紀、長家の家臣団の内紛が原因で検地反対運動が起こり、首謀者とされる久江村の豪農園田道閑が断罪に処せられました。これが世にいう「浦野事件」です。道閑は、久江村の村端で磔(はりつけ)にされ、3人の男子も首…
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+ detail_5403.html
- 古墳公園とりや
- 北陸最大規模の群集墳。古代の歴史を感じながら親子で遊べる公園です。
- 中能登町は埋蔵文化財がとても多く、中でも古墳の数は石川県全体の一割を占めており、約350基あります。このうち、川田地区周辺の里山に約150基が集中しています。この群集墳は北陸最大規模で、研究者の注目を浴びるほどです。古墳公園とりやには、前方後円墳をかたど…
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+ detail_5347.html
- 倒さスギ
- 真言宗の古刹・高照寺の門前にある老杉です。樹齢は約700年とも言われ、県の天然記念物に指定されています。杉の枝が地面を這うようにして、逆さに垂れていることから「倒さ(さかさ)スギ」と呼ばれるようになりました。八百比丘尼(はっぴゃくびくに)が昼食時に杉…
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+ detail_5458.html
- 善正寺の菊桜
- 善正寺の「ゼンショウジキクザクラ(県指定天然記念物)」は、ヤマザクラが菊咲きになった珍しい品種で、県内の菊咲き系の中では最大規模を誇ります。樹齢500年と推定されており、一輪の花びらは多いもので250枚、満開時には直径約2センチの球状になります。ゴールデン…
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+ detail_5701.html
- 平時忠歌碑
- 能登へ配流となった平時忠が、荒涼とした中で、一族の行く末を思って歌った和歌が刻まれています。1189(文治5)年2月24日、時忠は都へ「還る」こともなく、淋しく配所の大谷で没しました。能登で生まれた時忠の子、時康は則貞家となり、同じく時国は時国家の始祖とな…
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+ detail_5719.html
- 松尾神社
- 平安時代から伝わる歴史的神社
- 承和元年(834年)、松尾神社は山城国松神社より勧請(かんじょう)されたと伝えられています。祭神は、大山咋命(おおやまくいのみこと)、玉依比賣命(たまよりひめのみこと)を祭り、古来、町居・草木・日下田の三カ村の惣社「松尾大明神」として崇敬されてきまし…
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+ detail_6509.html
- 信行寺書院(和倉温泉) ※能登半島地震の影響により当面の間書院の拝観休業中 お参りはできます
- 国登録有形文化財に登録されている信行寺書院
- 御便殿は明治42年(1909年)に東宮殿下(後の大正天皇)が和倉行啓の際の休憩所として建てられました。信行寺にある御便殿は、随行員の控室であった供奉殿の部分であり、今は信行寺書院となっています。もともと御便殿は本殿(御座所)と供奉殿が一体となっていました…
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