条件指定で探す
- カテゴリーを選択
- 現在地からの距離を選択
カテゴリーを選択
現在地からの距離を選択
- 現在の検索条件
- 歴史・文化
検索結果
176件ありました
- 並び順
- 人気順(週間)
- 近い順
- 更新順
- 表示切替
- タイル
- リスト
- マップ
- 善正寺の菊桜
- 善正寺の「ゼンショウジキクザクラ(県指定天然記念物)」は、ヤマザクラが菊咲きになった珍しい品種で、県内の菊咲き系の中では最大規模を誇ります。樹齢500年と推定されており、一輪の花びらは多いもので250枚、満開時には直径約2センチの球状になります。ゴールデン…
-
+ detail_5701.html
- 岸壁の母の碑
- 「岸壁の母」のモデルとなった女性を記念する碑
- 表には「慈母の愛を讃える碑」の文字と、端野いせさんのレリーフが彫られ、「岸壁の母」の歌詞が書かれています。裏には端野さんをモデルにした「岸壁の母」の歌がヒットしたことがかかれており、「先の戦争において最愛なるわが子を御国に捧げた二百数十万の母の心を…
-
+ detail_12250.html
- 来迎寺
- 真言宗の古刹(こさつ)です。814(弘仁5)年、嵯峨天皇の祈願により創建され、「勅定山」の山号を賜りました。平安時代末期、平家物語に登場する武将・長谷部信連(はせべのぶつら)の祈願寺となり、寺号を「来迎寺」と改めました。信連が高倉天皇から賜った観世音菩…
-
+ detail_6753.html
- 岩倉寺
- 飛鳥時代、孝徳天皇の祈願所として開かれた古刹です。北陸三十三カ所観音霊場第16番のお寺となります。1300年前に海中で発見されたと伝わる千手観音像を本尊として祭り、大漁祈願の寺としてあがめられています。本尊は、33年ごとに開帳される秘仏ですが、17年ごとに半…
-
+ detail_4565.html
- 明泉寺
- 白雉3年(西暦652年)創建の古刹。本堂前にある石造の石塔五重塔は、国指定重要文化財。
-
+ detail_20176.html
- 山の寺寺院群
- 加賀藩祖前田利家が、奥能登方面からの防御陣地に転用する目的で、真宗寺院を除く各宗派寺院を配置したのが始まりです。現存する16カ寺には、趣き深い伝承や寺宝などが残っています。山の寺寺院群を繋ぐように整備された「瞑想の道」を散策しながら、寺院を巡礼する人…
-
+ detail_6685.html
- 道閑刑場跡
- 中能登町久江にある道閑が処刑された刑跡です。17世紀、長家の家臣団の内紛が原因で検地反対運動が起こり、首謀者とされる久江村の豪農園田道閑が断罪に処せられました。これが世にいう「浦野事件」です。道閑は、久江村の村端で磔(はりつけ)にされ、3人の男子も首…
-
+ detail_5403.html
- 平時忠卿及び其の一族の墳
- 平清盛の妻の弟である平時忠は、大納言として栄華を誇りました。1185(文治元)年、平家が壇ノ浦の戦いで亡びた後、能登の国・珠洲大谷に流されました。その後、時忠は珠洲市則貞地内に居を構え、1189(文治5)年2月、60歳で永眠しました。時忠と一族の墓と伝えられる…
-
+ detail_5720.html
- りふれっしゅ村鉢ヶ崎
- 青い海と白い砂浜が美しい海水浴場は、県内有数の透明度を誇り、夏は連日大勢の海水浴客でにぎわいます。周辺には、ホテルをはじめ、オートキャンプ場、ケビン、野営場など、多様な宿泊施設があり、充実したアウトドアライフが楽しめます。テニスコートや野球場などの…
-
+ detail_6762.html
- 久麻加夫都阿良加志比古神社
- 俗称熊甲神社です。作者、年代とも不詳ですが、藤原時代の造像とみられる久麻加夫都阿良加志比古神社座像は、国の重要文化財です。例大祭の熊甲二十日祭(9月20日)は、数多い能登の祭りの中で奇祭として知られる勇壮な祭りです。
-
+ detail_5257.html
- 黒丸家
- 建物の古さや格式を持った間取り、屋敷構えから、中世の名主の系譜を引く家柄と考えられます。唯一の手がかりである過去帳には、明応9(1500)年の室町時代に始まる、60人以上の先祖が記してあり、古くから続く家であることを示しています。建築年代は明らかではありま…
-
+ detail_5276.html
- 懐古館
- およそ200年前の肝煎(きもいり=庄屋)の住宅です。七尾城史資料館に隣接し、500坪の庭園が杉木立の深い緑に囲まれ、静寂に包まれています。建物は雪国らしい豪壮な柱と梁が組まれ、茅葺き屋根も美しく、古民家の素朴な美しさが息づいています。現在は市民の茶会や句…
-
+ detail_4849.html
- 正覚院
- 気多の神のお告げを受け創建。
- 泰澄大師が気多の神のお告げを受けて創建したと伝わる寺院。1000年以上にわたり気多大社の神宮寺としての役割を担いました。明治初頭の神仏分離令により気多大社から独立する際、多くの宝物が正覚院に移設。重要文化財の阿弥陀如来坐像も気多大社の大講堂に安置されて…
-
+ detail_5549.html
- 能登国分寺跡
- 能登国分寺は843(承和10)年、国家鎮護・五穀豊穣を願って創建されました。1970(昭和45)年から始まった発掘調査で、塔や金堂、講堂などの主要な伽藍(がらん)が明らかになりました。寺跡の南方外側に礎石(そせき)を有する、3棟の遺構も発掘され、1974(昭和49)…
-
+ detail_6098.html
- 和倉温泉 七福神福々めぐり
- 温泉街めぐりで福来たる!
- 和倉温泉の七つの名所にそれぞれの場所にちなんだ幸せを呼ぶ七福神の石像と顔の輪郭彫りが設置されています。各旅館にご用意してある用紙に七福神の輪郭を押しつけて、こすってください。七福神が七人揃ったら、和倉温泉旅館協同組合加盟の旅館宿泊で記念品をプレゼン…
-
+ detail_18424.html
- 角偉三郎美術館
- 能登の地で、常に木や漆の新しい「かたち」を追求した漆作家に、角偉三郎がいます。角氏の作品を豊富に揃えて、常設展示しています。
-
+ detail_4972.html
- 七尾豊年太鼓
- 700年前、能登地方に大干ばつが続いていました。農民は、田んぼの中に大きな櫓(やぐら)を建て、その上で必死に雨乞いの太鼓を打ち続けました。その願いが天に通じ、やがて大粒の慈雨が大地を潤し、豊作に恵まれたと伝えられています。以来、雨乞いの太鼓が「豊年太…
-
+ detail_6001.html
- 穴水町歴史民俗資料館 ※現在休館中
- 奥能登の玄関口にあたる穴水町は、古くから陸路と海路が交わる交通の要所でした。波静かな七尾北湾は、この地にさまざまな文化を育み、町の歴史に厚みをもたせました。このような地域性の中、穴水町の歴史を総合的に調査・研究し、散逸しがちな歴史的文化的資料の収集…
-
+ detail_4511.html
- 志乎・桜の里 古墳公園
- 6世紀の後半に築造された6基の円墳群を整備し、周囲には36種類にも及ぶ桜を1,000本植栽してある全国的にも珍しい公園です。園内には芝生広場や休憩舎も配置してあり、家族で楽しむのに最適です。また、障害者にも配慮した園路やトイレが設置されています。
-
+ detail_5512.html
- 羽咋神社
- 羽咋の開拓神を祭る神社。
- 第11代垂仁天皇の第10皇子で、羽咋地域の開拓神とされている磐衝別命(いわつくわけのみこと)と、その息子で羽咋国造(くにのみやつこ)に任じられたとされる石城別命(いわきわけのみこと)を祭る神社です。磐衝別命にまつわる地域の伝承として、当時羽咋では怪鳥が住…
-
+ detail_6220.html