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- 藤瀬霊水公園
- ここの湧水は、月光菩薩(がっこうぼさつ)のお告げにより「病の治る水」として知られています。実際、この水を飲んで病気がよくなったという事例も少なくないそうです。現在では、霊水を中心に公園として整備され、近隣、遠方を問わず、多くの人が湧き水を求めて足を…
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+ detail_6380.html
- 重蔵神社
- 1300年の歴史を誇る奥能登の古社
- 輪島市東部の海の近くに鎮座し、河井2,500戸あまりの産砂(うぶすな)神と仰がれるばかりでなく、鳳至一郡の総社として重きをなしています。また、重蔵権現、十蔵大権現、重蔵宮とも称され、神仏習合の堂塔伽藍(どうとうがらん)が立ち並んでいます。1906(明治39)…
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+ detail_5611.html
- 阿岸本誓寺(アギシコギクザクラ) ※令和6年能登半島地震の影響で拝観停止中
- 春にはアギシコギクザクラが咲き誇る
- 令和6年能登半島地震の影響で2025年7月現在拝観を停止しております。予めご了承ください。能登最大級で最古といわれる、浄土真宗の寺院です。旧藩時代に触頭(ふれがしら)の格付をもった古寺で、前田藩からの通知を各寺院へ伝達するなど、重要な役割を果たしました。…
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+ detail_4489.html
- 峨山道
- 峨山禅師の遺徳をしのぶ「峨山道」
- 門前町「總持寺」と羽咋市酒井町「永光寺」を結ぶ約13里(約50キロ)の山道です。1340(暦応3)年から双方の住職を兼ねていた峨山禅師は、毎日未明に永光寺の朝課を勤めた後、この道を越えて總持寺に赴き、朝の読経に間に合ったと伝えられています。毎年、禅師の遺徳…
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+ detail_5168.html
- 中島お祭り資料館・お祭り伝承館
- 国指定重要無形民俗文化財・熊甲二十日祭(くまかぶとはつかまつり)の枠旗行事(わくばたぎょうじ)をはじめ、七尾市中島地区の祭礼を熱気そのままに再現しています。祭りの興奮を、120インチの大画面でリアルに体感できます。
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+ detail_5942.html
- 羽根万象美術館
- 能登町出身の日展参与、羽根万象氏の芳志により、49点の作品や小下図、79点に及ぶスケッチ画など、計135点が町に寄贈されたことを記念して、1989(平成元)年に開館しました。完成品のみならず、作品が完成するまでの過程を見られる個性的な美術館です。遠島山公園の…
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+ detail_6293.html
- 岸壁の母の碑
- 「岸壁の母」のモデルとなった女性を記念する碑
- 表には「慈母の愛を讃える碑」の文字と、端野いせさんのレリーフが彫られ、「岸壁の母」の歌詞が書かれています。裏には端野さんをモデルにした「岸壁の母」の歌がヒットしたことがかかれており、「先の戦争において最愛なるわが子を御国に捧げた二百数十万の母の心を…
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+ detail_12250.html
- 伊須流岐比古神社
- 1653(承応2)年、加賀藩3代藩主前田利常の寄進により、伊須流岐比古神社は建立されました。神興堂(権現堂)と呼ばれていた拝殿は、1701(元禄14)年に造られ、両建物は県指定文化財に指定されています。
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+ detail_4665.html
- 東嶺寺
- 昔は「花渓寺」と称していました。長家23代当主長連頼が、父・連龍の菩提(ぼだい)を弔うために、堂宇(どうう)を改築しました。そして1652(慶安4)年、連龍の法号「東嶺寺庵主」をとって東嶺寺と改称しました。藩政期は長家の菩提寺として保護され、境内左側の丘…
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- 羽咋神社
- 羽咋の開拓神を祭る神社。
- 第11代垂仁天皇の第10皇子で、羽咋地域の開拓神とされている磐衝別命(いわつくわけのみこと)と、その息子で羽咋国造(くにのみやつこ)に任じられたとされる石城別命(いわきわけのみこと)を祭る神社です。磐衝別命にまつわる地域の伝承として、当時羽咋では怪鳥が住…
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+ detail_6220.html
- 正覚院
- 気多の神のお告げを受け創建。
- 泰澄大師が気多の神のお告げを受けて創建したと伝わる寺院。1000年以上にわたり気多大社の神宮寺としての役割を担いました。明治初頭の神仏分離令により気多大社から独立する際、多くの宝物が正覚院に移設。重要文化財の阿弥陀如来坐像も気多大社の大講堂に安置されて…
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+ detail_5549.html
- 道閑公園
- 村民のために犠牲のなった義民
- 1656(慶安4)年、加賀藩3代藩主前田利常の農地改作法による検地に、農民と共に反対した十村頭の園田道閑にまつわる公園です。
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- 西方寺古窯跡
- 中世に使用されていたとされる「珠洲焼」の窯業遺跡で、ほぼ完全な姿を保っており、珠洲古窯の構造を伝える貴重な遺跡です。2008(平成20)年、珠洲市と能登町にある11カ所の窯跡と共に、「珠洲陶器窯跡」として国指定史跡となりました。
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- 遍行寺
- 通称「ぼたん寺」
- 遍行寺の敷地には、あちこちに花壇が整備されており、様々な種類のぼたんが植えられています。ぼたん以外にも、ハナショウブ、オダマキ、シャクナゲなども植えられており、同時期に楽しむことができます。
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- 志乎・桜の里 古墳公園
- 6世紀の後半に築造された6基の円墳群を整備し、周囲には36種類にも及ぶ桜を1,000本植栽してある全国的にも珍しい公園です。園内には芝生広場や休憩舎も配置してあり、家族で楽しむのに最適です。また、障害者にも配慮した園路やトイレが設置されています。
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- 春日神社
- 春日神社は、市役所そばの春日山麓にある、天児屋根命(あめのこやねのみこと)と六神が祭られている古社です。境内には、樹齢700年を越えると伝わる老杉が生い茂り、拝殿に進む石段の右手には、大伴家持が能登巡国の折、歌ったとされる万葉歌碑があります。平安時代…
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- 長谷部信連の墓
- 源平争乱の時代を経て、奥能登の有力御家人として地頭領主支配の基礎を固めた長谷部信連の墓です。地元では「ちょうづか」とも呼ばれています。秋は、彼岸花の名所としても知られています。山岸町の市立輪島病院付近にあります。
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- 松波城跡
- 能登の守護大名畠山氏の流れをくむ戦国末期の武将、松波氏の居城跡です。1577(天正5)年、七尾城は上杉謙信によって落城しましたが、ほどなく松波城も同じ運命をたどります。それから数百年後、城跡から枯山水の庭園跡が発掘されました。大小の小石を配置して水の流…
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- 七尾軍艦所跡
- 幕末、海防の必要に迫られた加賀藩は、ヨーロッパから購入した艦船を七尾湾に浮かべました。これらの艦船は、白地に紺の剣梅鉢(前田家の家紋)の船印をつけたことから、「梅鉢海軍」と呼ばれました。その倉庫やドックとして建設されたのが七尾軍艦所です。七尾軍艦所…
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- 珠洲市立珠洲焼資料館【臨時休館中】
- 平安時代末期から室町時代中期にかけての約400年の間、須恵器の伝統を受けつぎ、無釉(むゆう)、還元焔(かんげんえん)で焼かれた、灰黒色で力強い造形美を誇る「珠洲古陶」や資料を展示しています。時代による移り変わりや、流通した様子、当時の信仰や生活との関…
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+ detail_5642.html