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岸壁の母の碑
「岸壁の母」のモデルとなった女性を記念する碑
表には「慈母の愛を讃える碑」の文字と、端野いせさんのレリーフが彫られ、「岸壁の母」の歌詞が書かれています。裏には端野さんをモデルにした「岸壁の母」の歌がヒットしたことがかかれており、「先の戦争において最愛なるわが子を御国に捧げた二百数十万の母の心を…
岸壁の母の碑
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遍行寺
通称「ぼたん寺」
遍行寺の敷地には、あちこちに花壇が整備されており、様々な種類のぼたんが植えられています。ぼたん以外にも、ハナショウブ、オダマキ、シャクナゲなども植えられており、同時期に楽しむことができます。
遍行寺
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和倉温泉 七福神福々めぐり
温泉街めぐりで福来たる!
和倉温泉の七つの名所にそれぞれの場所にちなんだ幸せを呼ぶ七福神の石像と顔の輪郭彫りが設置されています。各旅館にご用意してある用紙に七福神の輪郭を押しつけて、こすってください。七福神が七人揃ったら、和倉温泉旅館協同組合加盟の旅館宿泊で記念品をプレゼン…
和倉温泉 七福神福々めぐり
detail_18424.html
松本清張歌碑
悲劇のヒロインの運命を悲しくも美しく謳った歌碑
「雲たれてひとりたけれる荒波を恋しと思えり能登の初旅」この歌碑は、松本清張作「ゼロの焦点」の小説の影響を受けて、能登金剛に身を投じた女性を哀悼するため、1961(昭和36)年7月に建てられました。悲劇のヒロインを思い、この地を訪れるファンも多くいます。ヒ…
松本清張歌碑
detail_6515.html
大津峰山 大光寺(バラ観音)
色とりどりのバラに囲まれたお寺
「関の地蔵」で知られる三重県亀山市関町の古刹関地蔵院(こさつせきじぞういん)の庵主(あんじゅ)である、七尾市出身の宮本光順氏が、志賀町に能登別院を建設し、ふるさとへUターンしました。宮本氏は、京都大覚寺華道芸術学院を卒業後、真言集大覚寺で修行、住職…
大津峰山 大光寺(バラ観音)
detail_12251.html
黒島天領北前船資料館
北前船文化の足跡が残る
門前地区には北前船をもたらした日本文化の足跡が数多くあります。中でも門前町黒島地区は17世紀後半に幕府の天領となり、北前船の船主や船乗りの居住地として栄えました。黒島天領北前船資料館は廻船業に関する資料や黒島天領祭で使われる曳山が展示されています。
黒島天領北前船資料館
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重蔵神社
1300年の歴史を誇る奥能登の古社
輪島市東部の海の近くに鎮座し、河井2,500戸あまりの産砂(うぶすな)神と仰がれるばかりでなく、鳳至一郡の総社として重きをなしています。また、重蔵権現、十蔵大権現、重蔵宮とも称され、神仏習合の堂塔伽藍(どうとうがらん)が立ち並んでいます。1906(明治39)…
重蔵神社
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岩倉寺
飛鳥時代、孝徳天皇の祈願所として開かれた古刹です。北陸三十三カ所観音霊場第16番のお寺となります。1300年前に海中で発見されたと伝わる千手観音像を本尊として祭り、大漁祈願の寺としてあがめられています。本尊は、33年ごとに開帳される秘仏ですが、17年ごとに半…
岩倉寺
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真言宗 金蔵寺
金蔵地区には正願寺・正楽寺・慶願寺・圓徳寺・金蔵寺の5つの寺があり、金蔵寺はそのうちの1つです。また、北陸三十三観音霊場特番札所北陸三十六不動霊場五番札所です。651(白雉2)年、飛鳥時代に開かれ、僧侶の行基も訪れたと伝わる由緒ある寺です。金蔵地区は「…
真言宗  金蔵寺
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懐古館
およそ200年前の肝煎(きもいり=庄屋)の住宅です。七尾城史資料館に隣接し、500坪の庭園が杉木立の深い緑に囲まれ、静寂に包まれています。建物は雪国らしい豪壮な柱と梁が組まれ、茅葺き屋根も美しく、古民家の素朴な美しさが息づいています。現在は市民の茶会や句…
懐古館
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旧角海家住宅
北前船交易で栄えた船主の邸宅
黒島は、北前船の船主や船員の集落として栄えたところです。ここには多くの廻船問屋があり、角海家もその1つでした。幕末から明治中期にかけ7艘の北前船を所有し、北海道から大阪にかけて幅広く活躍しましたが、廻船業が下火になると漁業や金融業に生業をかえて活躍し…
旧角海家住宅
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能登上布会館
能登上布は,麻独特の通気性の良さや軽さに加え,サラリとした肌触りがあり,細やかなかすり模様が特徴です。仕上がった製品のかすり模様が細かくなればなるほど高価になります。中能登の伝統産業である能登上布の保存と継承のため,1996(平成8)年に能登上布会館が建てら…
能登上布会館
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散田金谷古墳(国史跡指定)
直径21メートルの円墳で、9.85メートルの横穴式石室がある構造は、全国でも例が少ないとされます。桜と緑に囲まれ、詩情豊かなこの古墳には、歴史のロマンに魅せられた多くの見学者が訪れます。
散田金谷古墳(国史跡指定)
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雨の宮古墳群
登れる古墳
※令和6年(2024年)能登半島地震の影響で1号墳・2号墳など主要な古墳は見学できません。雨の宮古墳群は、眉丈山(標高188メートル)の山頂を中心に、4世紀の中頃から5世紀の初めにかけて造られた36基の古墳から成っています。最も高い場所にある通称「雷ヶ峰」に位置…
雨の宮古墳群
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穴水城趾
小又川(おまたがわ)河口の標高約60メートルの台地にあり、眼下に穴水港と市街地を望むことができます。1186(文治元)年、鎌倉時代の武将・長谷部信連が能登国大屋庄の地頭職に命ぜられて以来390年間、穴水城は長氏の居城でした。往時は、東西約550メートル、南北約…
穴水城趾
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道閑刑場跡
中能登町久江にある道閑が処刑された刑跡です。17世紀、長家の家臣団の内紛が原因で検地反対運動が起こり、首謀者とされる久江村の豪農園田道閑が断罪に処せられました。これが世にいう「浦野事件」です。道閑は、久江村の村端で磔(はりつけ)にされ、3人の男子も首…
道閑刑場跡
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赤倉神社
平安時代の末期まで、赤蔵山一本宮寺という修行僧の道場でした。120を数える小さな宿坊があったと伝えられています。また、藩政期には加賀藩家老、長家の手厚い保護の下「赤蔵大権現」として隆盛を誇りましたが、明治時代の神仏分離により、かつての社僧坊は取り壊さ…
赤倉神社
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峨山道
峨山禅師の遺徳をしのぶ「峨山道」
門前町「總持寺」と羽咋市酒井町「永光寺」を結ぶ約13里(約50キロ)の山道です。1340(暦応3)年から双方の住職を兼ねていた峨山禅師は、毎日未明に永光寺の朝課を勤めた後、この道を越えて總持寺に赴き、朝の読経に間に合ったと伝えられています。毎年、禅師の遺徳…
峨山道
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久麻加夫都阿良加志比古神社
俗称熊甲神社です。作者、年代とも不詳ですが、藤原時代の造像とみられる久麻加夫都阿良加志比古神社座像は、国の重要文化財です。例大祭の熊甲二十日祭(9月20日)は、数多い能登の祭りの中で奇祭として知られる勇壮な祭りです。
久麻加夫都阿良加志比古神社
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羽咋神社
羽咋の開拓神を祭る神社。
第11代垂仁天皇の第10皇子で、羽咋地域の開拓神とされている磐衝別命(いわつくわけのみこと)と、その息子で羽咋国造(くにのみやつこ)に任じられたとされる石城別命(いわきわけのみこと)を祭る神社です。磐衝別命にまつわる地域の伝承として、当時羽咋では怪鳥が住…
羽咋神社
detail_6220.html
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