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中島お祭り資料館・お祭り伝承館 
国指定重要無形民俗文化財・熊甲二十日祭(くまかぶとはつかまつり)の枠旗行事(わくばたぎょうじ)をはじめ、七尾市中島地区の祭礼を熱気そのままに再現しています。祭りの興奮を、120インチの大画面でリアルに体感できます。
中島お祭り資料館・お祭り伝承館 
+ detail_5942.html
旧角海家住宅
北前船交易で栄えた船主の邸宅
黒島は、北前船の船主や船員の集落として栄えたところです。ここには多くの廻船問屋があり、角海家もその1つでした。幕末から明治中期にかけ7艘の北前船を所有し、北海道から大阪にかけて幅広く活躍しましたが、廻船業が下火になると漁業や金融業に生業をかえて活躍し…
旧角海家住宅
+ detail_4973.html
菅原神社
県内最古の菅原神社。960(天徳4)年、山城国北野天神より勧請されたといいます。加賀藩前田家は菅原道真の末裔と称していたため、1582(天正10)年、藩祖利家が戦勝を祈り社殿を造営して以来、歴代藩主の崇敬厚く、参拝、寄進が頻繁に行われました。全国的には菅原道…
菅原神社
+ detail_5628.html
来迎寺
真言宗の古刹(こさつ)です。814(弘仁5)年、嵯峨天皇の祈願により創建され、「勅定山」の山号を賜りました。平安時代末期、平家物語に登場する武将・長谷部信連(はせべのぶつら)の祈願寺となり、寺号を「来迎寺」と改めました。信連が高倉天皇から賜った観世音菩…
来迎寺
+ detail_6753.html
櫛比の庄 禅の里交流館
門前町と總持寺の関わりを紹介する資料館
輪島市門前町の歴史を、總持寺祖院を中心にパネルや映像で紹介しています。總持寺が明治時代の大火で焼失する前、大本山だった頃の寺院の伽藍を模型で再現。より深く門前町の文化をご理解いただけます。
櫛比の庄 禅の里交流館
+ detail_20175.html
岸壁の母の碑
「岸壁の母」のモデルとなった女性を記念する碑
表には「慈母の愛を讃える碑」の文字と、端野いせさんのレリーフが彫られ、「岸壁の母」の歌詞が書かれています。裏には端野さんをモデルにした「岸壁の母」の歌がヒットしたことがかかれており、「先の戦争において最愛なるわが子を御国に捧げた二百数十万の母の心を…
岸壁の母の碑
+ detail_12250.html
明泉寺
白雉3年(西暦652年)創建の古刹。本堂前にある石造の石塔五重塔は、国指定重要文化財。
明泉寺
+ detail_20176.html
重蔵神社
1300年の歴史を誇る奥能登の古社
輪島市東部の海の近くに鎮座し、河井2,500戸あまりの産砂(うぶすな)神と仰がれるばかりでなく、鳳至一郡の総社として重きをなしています。また、重蔵権現、十蔵大権現、重蔵宮とも称され、神仏習合の堂塔伽藍(どうとうがらん)が立ち並んでいます。1906(明治39)…
重蔵神社
+ detail_5611.html
石川県海洋漁業科学館(うみとさかなの科学館)※令和6年(2024年)能登半島地震の影響により当面の間臨時休館中
海と魚の知識や、石川県の水産業の現況を紹介する施設です。海などに関する日頃の疑問を、楽しみながら学習して解決できます。「いかとっくり工作」や「ガラス玉編み込み工作」などの体験学習も充実しています。水産業の試験研究を行っている石川県水産総合センターも…
石川県海洋漁業科学館(うみとさかなの科学館)※令和6年(2024年)能登半島地震の影響により当面の間臨時休館中
+ detail_4597.html
松尾神社
平安時代から伝わる歴史的神社
承和元年(834年)、松尾神社は山城国松神社より勧請(かんじょう)されたと伝えられています。祭神は、大山咋命(おおやまくいのみこと)、玉依比賣命(たまよりひめのみこと)を祭り、古来、町居・草木・日下田の三カ村の惣社「松尾大明神」として崇敬されてきまし…
松尾神社
+ detail_6509.html
岩倉寺
飛鳥時代、孝徳天皇の祈願所として開かれた古刹です。北陸三十三カ所観音霊場第16番のお寺となります。1300年前に海中で発見されたと伝わる千手観音像を本尊として祭り、大漁祈願の寺としてあがめられています。本尊は、33年ごとに開帳される秘仏ですが、17年ごとに半…
岩倉寺
+ detail_4565.html
正覚院
気多の神のお告げを受け創建。
泰澄大師が気多の神のお告げを受けて創建したと伝わる寺院。1000年以上にわたり気多大社の神宮寺としての役割を担いました。明治初頭の神仏分離令により気多大社から独立する際、多くの宝物が正覚院に移設。重要文化財の阿弥陀如来坐像も気多大社の大講堂に安置されて…
正覚院
+ detail_5549.html
久麻加夫都阿良加志比古神社
俗称熊甲神社です。作者、年代とも不詳ですが、藤原時代の造像とみられる久麻加夫都阿良加志比古神社座像は、国の重要文化財です。例大祭の熊甲二十日祭(9月20日)は、数多い能登の祭りの中で奇祭として知られる勇壮な祭りです。
久麻加夫都阿良加志比古神社
+ detail_5257.html
平時忠卿及び其の一族の墳
平清盛の妻の弟である平時忠は、大納言として栄華を誇りました。1185(文治元)年、平家が壇ノ浦の戦いで亡びた後、能登の国・珠洲大谷に流されました。その後、時忠は珠洲市則貞地内に居を構え、1189(文治5)年2月、60歳で永眠しました。時忠と一族の墓と伝えられる…
平時忠卿及び其の一族の墳
+ detail_5720.html
珠洲焼館 ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響により当面の間臨時休館中
現代の珠洲焼陶工の力作が勢揃いしています。珠洲焼の壷をはじめ、花器や酒器などが数多く展示され、見て、触れる事ができます。販売も行っており、能登のお土産としても人気があります。
珠洲焼館 ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響により当面の間臨時休館中
+ detail_5654.html
赤倉神社
平安時代の末期まで、赤蔵山一本宮寺という修行僧の道場でした。120を数える小さな宿坊があったと伝えられています。また、藩政期には加賀藩家老、長家の手厚い保護の下「赤蔵大権現」として隆盛を誇りましたが、明治時代の神仏分離により、かつての社僧坊は取り壊さ…
赤倉神社
+ detail_4479.html
七尾まだら碑
御祓(みそぎ)川の下流にある小公園に建つ石碑です。縦2.35メートル、横45センチ、厚さ32センチの御影石に、詩人・西条八十(やそ)の筆で刻まれています。夜にはライトアップされ、「七尾まだらの碑」の文字がくっきりと浮かびます。1961(昭和36)年11月3日、祝議…
七尾まだら碑
+ detail_6003.html
松本清張歌碑
悲劇のヒロインの運命を悲しくも美しく謳った歌碑
「雲たれてひとりたけれる荒波をかなしと思へり能登の初旅」この歌碑は、松本清張作「ゼロの焦点」の小説の影響を受けて、能登金剛に身を投じた女性を哀悼するため、1961(昭和36)年7月に建てられました。悲劇のヒロインを思い、この地を訪れるファンも多くいます。…
松本清張歌碑
+ detail_6515.html
真言宗 金蔵寺
金蔵地区には正願寺・正楽寺・慶願寺・圓徳寺・金蔵寺の5つの寺があり、金蔵寺はそのうちの1つです。また、北陸三十三観音霊場特番札所北陸三十六不動霊場五番札所です。651(白雉2)年、飛鳥時代に開かれ、僧侶の行基も訪れたと伝わる由緒ある寺です。金蔵地区は「…
真言宗  金蔵寺
+ detail_5322.html
座主家
茅葺きで入母屋造りの座主家は、能登の入り口で多く見られた「口能登型」の民家です。1716年から1735年(享保年間)に建てられた、江戸時代の建築と推定され、現存する最古の口能登型民家といわれています。平屋建て、入母屋、茅葺き、平入り、建材に鉋(かんな)を使…
座主家
+ detail_5502.html
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