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散田金谷古墳(国史跡指定)
直径21メートルの円墳で、9.85メートルの横穴式石室がある構造は、全国でも例が少ないとされます。桜と緑に囲まれ、詩情豊かなこの古墳には、歴史のロマンに魅せられた多くの見学者が訪れます。
散田金谷古墳(国史跡指定)
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珠洲焼館 ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響により当面の間臨時休館中
現代の珠洲焼陶工の力作が勢揃いしています。珠洲焼の壷をはじめ、花器や酒器などが数多く展示され、見て、触れる事ができます。販売も行っており、能登のお土産としても人気があります。
珠洲焼館 ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響により当面の間臨時休館中
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座主家
茅葺きで入母屋造りの座主家は、能登の入り口で多く見られた「口能登型」の民家です。1716年から1735年(享保年間)に建てられた、江戸時代の建築と推定され、現存する最古の口能登型民家といわれています。平屋建て、入母屋、茅葺き、平入り、建材に鉋(かんな)を使…
座主家
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重蔵神社 ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響により当面の間休業中
1300年の歴史を誇る奥能登の古社
輪島市東部の海の近くに鎮座し、河井2,500戸あまりの産砂(うぶすな)神と仰がれるばかりでなく、鳳至一郡の総社として重きをなしています。また、重蔵権現、十蔵大権現、重蔵宮とも称され、神仏習合の堂塔伽藍(どうとうがらん)が立ち並んでいます。1906(明治39)…
重蔵神社 ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響により当面の間休業中
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東嶺寺
昔は「花渓寺」と称していました。長家23代当主長連頼が、父・連龍の菩提(ぼだい)を弔うために、堂宇(どうう)を改築しました。そして1652(慶安4)年、連龍の法号「東嶺寺庵主」をとって東嶺寺と改称しました。藩政期は長家の菩提寺として保護され、境内左側の丘…
東嶺寺
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徳保の千本椿
徳保神社の社叢林(しゃそうりん)は、小規模ながら自然林が保存されており、特にヤブツバキの群生地が有名です。樹高12メートル、周囲1.6メートルの大木もあります。2月下旬から4月にかけて、あたり一面に真っ赤な花が咲き乱れることから「徳保の千本椿」と呼ばれて…
徳保の千本椿
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岩倉寺
飛鳥時代、孝徳天皇の祈願所として開かれた古刹です。北陸三十三カ所観音霊場第16番のお寺となります。1300年前に海中で発見されたと伝わる千手観音像を本尊として祭り、大漁祈願の寺としてあがめられています。本尊は、33年ごとに開帳される秘仏ですが、17年ごとに半…
岩倉寺
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黒島天領北前船資料館
北前船文化の足跡が残る
門前地区には北前船をもたらした日本文化の足跡が数多くあります。中でも門前町黒島地区は17世紀後半に幕府の天領となり、北前船の船主や船乗りの居住地として栄えました。黒島天領北前船資料館は廻船業に関する資料や黒島天領祭で使われる曳山が展示されています。
黒島天領北前船資料館
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羽咋神社
羽咋の開拓神を祭る神社。
第11代垂仁天皇の第10皇子で、羽咋地域の開拓神とされている磐衝別命(いわつくわけのみこと)と、その息子で羽咋国造(くにのみやつこ)に任じられたとされる石城別命(いわきわけのみこと)を祭る神社です。磐衝別命にまつわる地域の伝承として、当時羽咋では怪鳥が住…
羽咋神社
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峨山道
峨山禅師の遺徳をしのぶ「峨山道」
門前町「總持寺」と羽咋市酒井町「永光寺」を結ぶ約13里(約50キロ)の山道です。1340(暦応3)年から双方の住職を兼ねていた峨山禅師は、毎日未明に永光寺の朝課を勤めた後、この道を越えて總持寺に赴き、朝の読経に間に合ったと伝えられています。毎年、禅師の遺徳…
峨山道
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道閑刑場跡
中能登町久江にある道閑が処刑された刑跡です。17世紀、長家の家臣団の内紛が原因で検地反対運動が起こり、首謀者とされる久江村の豪農園田道閑が断罪に処せられました。これが世にいう「浦野事件」です。道閑は、久江村の村端で磔(はりつけ)にされ、3人の男子も首…
道閑刑場跡
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親王塚古墳
崇神(すじん)天皇の皇子、大入杵命(おおいりきのみこと)の陵墓といわれ、周囲に濠(ほり)をめぐらしています。頂径20メートル、底辺67メートル、高さ14.5メートルあり、北陸で随一の大きさを誇っています。平家物語にも「小田中のシンノウヅカ」と書かれているよ…
親王塚古墳
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りふれっしゅ村鉢ヶ崎
青い海と白い砂浜が美しい海水浴場は、県内有数の透明度を誇り、夏は連日大勢の海水浴客でにぎわいます。周辺には、ホテルをはじめ、オートキャンプ場、ケビン、野営場など、多様な宿泊施設があり、充実したアウトドアライフが楽しめます。テニスコートや野球場などの…
りふれっしゅ村鉢ヶ崎
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明泉寺
白雉3年(西暦652年)創建の古刹。本堂前にある石造の石塔五重塔は、国指定重要文化財。
明泉寺
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真言宗天王寺(しゃくなげ寺)
お寺の境内に咲き誇る
「能登の石楠花(しゃくなげ)寺」で知られている天王寺。4月下旬から5月中旬にかけて、寺の境内の斜面には約2,200株のシャクナゲが見事に咲き誇ります。これらの多くは個人の寄贈によるもので、一株一株に願いが込められています。
真言宗天王寺(しゃくなげ寺)
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真言宗 金蔵寺
金蔵地区には正願寺・正楽寺・慶願寺・圓徳寺・金蔵寺の5つの寺があり、金蔵寺はそのうちの1つです。また、北陸三十三観音霊場特番札所北陸三十六不動霊場五番札所です。651(白雉2)年、飛鳥時代に開かれ、僧侶の行基も訪れたと伝わる由緒ある寺です。金蔵地区は「…
真言宗  金蔵寺
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平時忠卿及び其の一族の墳
平清盛の妻の弟である平時忠は、大納言として栄華を誇りました。1185(文治元)年、平家が壇ノ浦の戦いで亡びた後、能登の国・珠洲大谷に流されました。その後、時忠は珠洲市則貞地内に居を構え、1189(文治5)年2月、60歳で永眠しました。時忠と一族の墓と伝えられる…
平時忠卿及び其の一族の墳
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西慶寺 ヤマモミジ
大きさは県内最大級
浄土真宗大谷派西慶寺は、穴水町から門前方面に向かう途中、右手に案内板を見つけることができ、近くに駐車場があります。 境内に自生している県内最大級のヤマモミジは、樹齢は推定で500年、高さは約20メートル、枝張りは約25.5メートルあり、下方の道路に向か…
西慶寺 ヤマモミジ
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大伴家持歌碑(羽咋市千里浜町)
歌碑には「之乎路(しおじ)から直越(ただこ)え来れば羽咋の海朝凪(あさなぎ)したり船梶(ふねかじ)もがも」と刻まれています。これは748(天平20)年、万葉の歌人大伴家持が越中の国司の身で能登をめぐった際、気多大社におもむく時に作った歌です。家持はこの…
大伴家持歌碑(羽咋市千里浜町)
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穴水町歴史民俗資料館
奥能登の玄関口にあたる穴水町は、古くから陸路と海路が交わる交通の要所でした。波静かな七尾北湾は、この地にさまざまな文化を育み、町の歴史に厚みをもたせました。このような地域性の中、穴水町の歴史を総合的に調査・研究し、散逸しがちな歴史的文化的資料の収集…
穴水町歴史民俗資料館
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