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- 七尾まだら
- 七尾市を中心に遺存する祝儀歌。他に輪島市、穴水町で、それぞれ地名を冠したまだら節がある。産み字を長く引き、ほとんど合唱で歌うのが特徴。古くから船方の祝儀歌として歌われた。現在では一般の冠婚や祝儀の席で広く歌われている。(県指定無形民俗文化財)
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+ detail_6002.html
- 長谷部神社(穴水町)
- 戦国武将長氏の祖である鎌倉武士・長谷部信連を祀(まつ)っています。1218(建保6)年の信連の死後、自作と伝えられる肖像を、祈願寺であった穴水大町の来迎寺に安置したことに始まるとされ、後年、信連の後裔にあたる加賀藩老臣の長連頼が同寺境内に信連社堂(御影…
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+ detail_6275.html
- 輪島市文化会館
- 大ホールや展示室、会議室などの文化施設があります。
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+ detail_6830.html
- 行幸啓記念御歌碑
- 「なみたーぬなーをうらのゆうくれにおーきのとしまよこたへりみゆ」。昭和天皇が第13回富山国体にご出席された際に、和倉温泉の加賀屋にお泊まりになられ、その際に詠まれた歌が刻まれています。同じ歌を刻んだ石碑は加賀屋にもあります。
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+ detail_5229.html
- 高浜虚子句碑
- 近代俳句の巨人、高浜虚子が、1949(昭和24)年に和倉から奥能登へ旅をした際に車中で作った句が刻まれた石碑です。この地で古くから「要石」と呼ばれる、高さ4メートルの巨石に「能登言葉親しまれつつ花の旅虚子1949(昭和24)年4月28日蝸牛舎」と刻んであります。
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+ detail_5735.html
- 東嶺寺
- 昔は「花渓寺」と称していました。長家23代当主長連頼が、父・連龍の菩提(ぼだい)を弔うために、堂宇(どうう)を改築しました。そして1652(慶安4)年、連龍の法号「東嶺寺庵主」をとって東嶺寺と改称しました。藩政期は長家の菩提寺として保護され、境内左側の丘…
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+ detail_5894.html
- 羽咋市歴史民俗資料館
- 北陸屈指の弥生遺跡として知られる吉崎・次場遺跡、「渚の正倉院」ともよばれる寺家遺跡、二つの国指定史跡をはじめとする縄文~中近世の遺跡などを紹介しています。能登一宮の気多大社や、真言宗の正覚院、曹洞宗の永光寺、日蓮宗の妙成寺といった社寺に遺(のこ)る…
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+ detail_6219.html
- 珪藻土資料館・鍵主工業
- 珪藻土関係の資料が展示されているほか、珪藻土コンロ・七輪各種、炭火関連の道具を販売している。
- + detail_5089.html
- 道閑公園
- 村民のために犠牲のなった義民
- 1656(慶安4)年、加賀藩3代藩主前田利常の農地改作法による検地に、農民と共に反対した十村頭の園田道閑にまつわる公園です。
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+ detail_5404.html
- 13代木村庄之助の碑
- 1853(嘉永6)年に第13代木村庄之助を襲名して以来、24年間立行司を務めた庄之助を記念して建てられた石碑です。庄之助の出身地でもあります。
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+ detail_5610.html
- 曹源寺
- 珠洲市長橋にある曹洞宗の寺院です。本尊は釈迦如来、羽咋市・永光寺の末寺で、永光寺の明峰素哲の高弟(こうてい)だった松岸旨渕が、1350年代に開山したと伝えられています。平安時代末期、若山荘の領家日野家とゆかりがあり、「日野の阿弥陀」と称される木造阿弥陀…
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+ detail_5706.html
- 七尾軍艦所跡
- 幕末、海防の必要に迫られた加賀藩は、ヨーロッパから購入した艦船を七尾湾に浮かべました。これらの艦船は、白地に紺の剣梅鉢(前田家の家紋)の船印をつけたことから、「梅鉢海軍」と呼ばれました。その倉庫やドックとして建設されたのが七尾軍艦所です。七尾軍艦所…
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+ detail_5968.html
- 国重要無形民俗文化財「鵜様道中」の宿
- 鵜様を出迎える宿「鵜宿」
- 毎年12月に羽咋市の気多大社で営まれる「気多の鵜祭」国の重要無形民俗文化財に指定されており、平安時代の頃から続いています。神の化身である「鵜様」を七尾市から気多大社に運ぶ鵜様道中。鵜捕部が鵜籠を背負って、中能登町の旧道を通って羽咋市に向かいます。
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+ detail_21455.html
- 佐々木信綱歌碑
- 歌人・佐々木信綱(ささきのぶつな)が和倉を訪れたとき、万葉集で有名な大伴家持をしのんで詠んだ句です。「うた人の国守廻り見し日にも山きよらかに海しずかなりけむ」
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+ detail_5470.html
- 浄蓮寺の枝垂桜(町指定天然記念物)
- 樹齢130年と推定されており、ピンク色の花がこぼれ落ちるように咲く姿は圧巻です。訪れる人に、思わずため息を誘います。静かな境内にいらかの波が良く似合い、春の風情を醸し出します。
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+ detail_5617.html
- 国登録有形文化財 旧丹後邸
- 織物の先進技術を築いた拠点
- 平成27年に寄附された旧丹後邸が7月21日、国登録有形文化財に答申されました。旧丹後邸は、麻織物で成功した丹後氏の住宅で、当時の先進技術を導入し、絹織物の生産拡大に努め、海外への販路拡大を図っていた頃の繁栄を物語っています。母屋は農家風の特徴をもつアズ…
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+ detail_21457.html
- 藤津比古神社
- 古くは熊野権現とも称し、特に本殿は「三間社流造り」で、かえる股、組物、幣軸など鎌倉時代の建築様式が用いられています。1214(正和3)年建造の棟札が同神社に保管されています。1967(昭和42)年に国の重要文化財の指定を受けました。8月14日夜には納涼祭(キリコ…
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+ detail_6378.html
- 坪野哲久・山田あき歌碑
- 故郷を想う歌人の碑
- 志賀町立図書館横の小さな公園に、志賀町出身で能登を愛した歌人・坪野哲久(つぼのてっきゅう)と、能登を第二の故郷とした山田あきの歌碑が建てられています。歌碑の内容「蟹の肉せゝりくらえばあこがるゝ生れし能登の冬潮の底哲久」「きみとみるこの夜の秋の天の川…
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+ detail_5834.html
- 豊財院
- 全600巻に及ぶ「血書大般若経」は圧巻。
- 今から約700年前、瑩山禅師によって能登で最初の禅修行の場として開かれました。山腹にあるため、ここからは羽咋市の街並みを一望できます。自らの手指を刺し、その血をもって「血書大般若経」を書写した月澗和尚(げっかんおしょう)は中興の祖とされています。「血…
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+ detail_6400.html
- 水原秋桜子句碑
- 俳人として有名な、水原秋桜子が能登へ来遊した折、真浦海岸の高台に立ち周辺の景色を歌ったものです。碑石:地元産自然石、高さ約6メートル、幅5.5メートル、奥行4メートル碑文:「雁来るや岩礁ならぶ七ツ島」秋桜子
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+ detail_6542.html