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- 地福院
- 中居八景を見下す景勝地にあり、もとは海星山・皇帝寺と号しましたが、後に瑞鳳山地福院と改めました。本尊「弥勒菩薩坐像」と「両頭愛染明王」は町指定文化財です。境内にある羅漢樹は、樹齢750年、樹高12メートル、根周り4.2メートル、枝分かれの高さ3.9メートルで…
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+ detail_5800.html
- 真言宗天王寺(しゃくなげ寺)
- お寺の境内に咲き誇る
- 「能登の石楠花(しゃくなげ)寺」で知られている天王寺。4月下旬から5月中旬にかけて、寺の境内の斜面には約2,200株のシャクナゲが見事に咲き誇ります。これらの多くは個人の寄贈によるもので、一株一株に願いが込められています。
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+ detail_5879.html
- 徳保の千本椿
- 徳保神社の社叢林(しゃそうりん)は、小規模ながら自然林が保存されており、特にヤブツバキの群生地が有名です。樹高12メートル、周囲1.6メートルの大木もあります。2月下旬から4月にかけて、あたり一面に真っ赤な花が咲き乱れることから「徳保の千本椿」と呼ばれて…
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+ detail_5909.html
- 能登国分寺展示館
- 国分寺は、鎮護国家のために聖武天皇の詔(みことのり=天皇の命令)によって全国に建立されました。能登国分寺は、843(承和10)年に豪族の氏寺を転用した国分寺で、古代能登国の中心寺院として400年間栄えました。能登国分寺展示館は、国史跡「能登国分寺跡」に隣接…
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+ detail_6099.html
- 吉崎・次場弥生公園
- 五百年間にわたる弥生世界のロマン。
- 北陸でも屈指の規模を誇る弥生ムラである国史跡の吉崎・次場遺跡を保存し、その一部を再現した野外博物館です。復元にあたっては、弥生時代中期にあたる約2000年前の環境と景観復元を試みました。溝に囲まれたムラに入り、ビジュアルな弥生文化に触れ、歴史を実感して…
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+ detail_6747.html
- 国重要無形民俗文化財「鵜様道中」の宿
- 鵜様を出迎える宿「鵜宿」
- 毎年12月に羽咋市の気多大社で営まれる「気多の鵜祭」国の重要無形民俗文化財に指定されており、平安時代の頃から続いています。神の化身である「鵜様」を七尾市から気多大社に運ぶ鵜様道中。鵜捕部が鵜籠を背負って、中能登町の旧道を通って羽咋市に向かいます。
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+ detail_21455.html
- 珪藻土資料館・鍵主工業
- 珪藻土関係の資料が展示されているほか、珪藻土コンロ・七輪各種、炭火関連の道具を販売している。
- + detail_5089.html
- 加能作次郎文学碑
- 富来の風土で育った文豪
- 郷土の作家、加能作次郎の文学碑です。富来漁港の南崖頂部の端の海岸に立っています。作次郎の学友である早稲田大学文学部長谷崎精二が撰文しました。立石の句は、長女の結婚に際して与えた自筆の色紙を模写したものです。碑石は、長さ3メートル、高さ1.5メートルあり…
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+ detail_5108.html
- 倒さスギ
- 真言宗の古刹・高照寺の門前にある老杉です。樹齢は約700年とも言われ、県の天然記念物に指定されています。杉の枝が地面を這うようにして、逆さに垂れていることから「倒さ(さかさ)スギ」と呼ばれるようになりました。八百比丘尼(はっぴゃくびくに)が昼食時に杉…
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+ detail_5458.html
- 羽根万象美術館
- 能登町出身の日展参与、羽根万象氏の芳志により、49点の作品や小下図、79点に及ぶスケッチ画など、計135点が町に寄贈されたことを記念して、1989(平成元)年に開館しました。完成品のみならず、作品が完成するまでの過程を見られる個性的な美術館です。遠島山公園の…
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+ detail_6293.html
- 与謝野晶子歌碑(七尾市)
- 1954(昭和29)年6月に建立されました。歌人与謝野晶子が、夫鉄幹と七尾を訪れた時、御祓川に家ーの朱色に塗られた格子戸が映える情景に心打たれ、その印象を詠んだといわれています。それを記念する意味で郡内(当時)の有志により設立されました。碑文「家ーに珊瑚…
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+ detail_6736.html
- 石積六角地蔵塔
- 海の安全を見守る「六角地蔵塔」
- 能登半島国定公園・大島海岸には、日本海のさざ波が打ち寄せる大島諸願堂の端に、石積の六角地蔵塔が物悲しくたたずんでいます。伝承によれば、その昔、肥前大村(現在の長崎県大村市)の船持武太夫の息子が乗った船が大島の沖で難破し、息子はもちろん乗組員たちも死…
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+ detail_4661.html
- 石動山資料館
- 百年以上守られてきた仏像や古文書など、石動山の歴史を学べます。
- 明治の瓦解以来、百数十年以上にわたり、山内を中心に守り伝えられてきた仏像・仏具・絵図・古文書などの歴史資料およそ70点が展示されており、また、野外の史跡と一体となった石動山の歴史を学べる施設となっています。
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+ detail_5682.html
- 13代木村庄之助の碑
- 1853(嘉永6)年に第13代木村庄之助を襲名して以来、24年間立行司を務めた庄之助を記念して建てられた石碑です。庄之助の出身地でもあります。
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+ detail_5610.html
- 曹洞宗 蓮江寺
- 1592年(文禄元年)の開墓と伝えられる。1599年(慶長4年)加賀初代藩主前田利家の葬儀を掌った象山徐芸が中興し、隠棲した。寺宝には、現存最古の利家画像(1599年(慶長4年)讃)や芳春院の寄進状、加賀3代藩主前田利常の安堵状などがある。毎年2月15日に犬の子まき…
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+ detail_6783.html
- 第6代横綱阿武松緑之助碑
- 地方巡業で力士も立ち寄る石碑
- 郷土出身の力士で、第6代横綱となった阿武松緑之助の顕彰碑(けんしょうひ)です。高さ4.5メートル、幅2.4メートルの自然石で、筆跡は元公爵毛利元昭氏のものです。千石船を一人で引き上げた怪力は、講談などでよく知られています。この地方を力士が巡業する時は必ず…
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+ detail_5790.html
- 折口信夫父子の歌碑
- 国文学者、民俗学者また歌人として知られた折口信夫博士は能登一ノ宮の藤井春洋を養子としました。戦死した春洋と折口博士の父子の歌碑は、気多大社境内にあります。
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+ detail_4833.html
- 坪野哲久・山田あき歌碑
- 故郷を想う歌人の碑
- 志賀町立図書館横の小さな公園に、志賀町出身で能登を愛した歌人・坪野哲久(つぼのてっきゅう)と、能登を第二の故郷とした山田あきの歌碑が建てられています。歌碑の内容「蟹の肉せゝりくらえばあこがるゝ生れし能登の冬潮の底哲久」「きみとみるこの夜の秋の天の川…
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+ detail_5834.html
- ふるさと創修館
- 古くから伝えられてきた曳山祭事の紹介をはじめ、中能登町内から出土した縄文・弥生式土器や、古代の生活を現在に伝える民具、農機具も数多く展示しています。町の軌跡を紹介する歴史館です。メインとなる曳山・郷土資料展示室は有料ですが、町内にある14基の曳山が電…
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+ detail_6388.html
- 永禅寺山古墳群
- 永禅寺(蟹寺)の裏山にある、6基の高塚古墳の円墳からなっています。発掘調査された一号墳、二号墳は、5世紀後半から6世紀初めごろの築造と推定されています。
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+ detail_6732.html