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黒丸家
建物の古さや格式を持った間取り、屋敷構えから、中世の名主の系譜を引く家柄と考えられます。唯一の手がかりである過去帳には、明応9(1500)年の室町時代に始まる、60人以上の先祖が記してあり、古くから続く家であることを示しています。建築年代は明らかではありま…
黒丸家
detail_5276.html
高浜虚子句碑(七尾市)
1947(昭和22)年4月に建てられました。ホトトギス派の主宰として俳壇の最高峰にいた虚子が、和倉の波静かな海に吟じた一句です。碑文「家持の妻恋舟か春の海虚子」
高浜虚子句碑(七尾市)
detail_5733.html
七尾まだら
七尾市を中心に遺存する祝儀歌。他に輪島市、穴水町で、それぞれ地名を冠したまだら節がある。産み字を長く引き、ほとんど合唱で歌うのが特徴。古くから船方の祝儀歌として歌われた。現在では一般の冠婚や祝儀の席で広く歌われている。(県指定無形民俗文化財)
七尾まだら
detail_6002.html
久田船長碑
1903(明治36)年10月29日、日本郵船青函連絡船東海丸(1,121トン)の久田船長は青森湾で殉職しました。沈み行く船と運命を共にして職務を全うした久田船長の立派な行動が、海員の模範としてたたえられ、1934(昭和9)年、出生地である鵜川の菅原神社境内に石碑が建て…
久田船長碑
detail_6330.html
水原秋桜子句碑
俳人として有名な、水原秋桜子が能登へ来遊した折、真浦海岸の高台に立ち周辺の景色を歌ったものです。碑石:地元産自然石、高さ約6メートル、幅5.5メートル、奥行4メートル碑文:「雁来るや岩礁ならぶ七ツ島」秋桜子
水原秋桜子句碑
detail_6542.html
信行寺書院(和倉温泉) ※能登半島地震の影響により当面の間書院の拝観休業中 お参りはできます
国登録有形文化財に登録されている信行寺書院
御便殿は明治42年(1909年)に東宮殿下(後の大正天皇)が和倉行啓の際の休憩所として建てられました。信行寺にある御便殿は、随行員の控室であった供奉殿の部分であり、今は信行寺書院となっています。もともと御便殿は本殿(御座所)と供奉殿が一体となっていました…
信行寺書院(和倉温泉) ※能登半島地震の影響により当面の間書院の拝観休業中 お参りはできます
detail_21686.html
来入寺のミズバショウ
山里の風情に真っ白なミズバショウが咲き乱れます
1558(永禄元)年の創立と伝えられる来入寺にある、約2000株のミズバショウがいっせいに咲き乱れる姿は圧巻です。小川の流れと緑、そして素朴な集落のたたずまいの中で、一層華やかさを増しています。
来入寺のミズバショウ
detail_6755.html
曹源寺
珠洲市長橋にある曹洞宗の寺院です。本尊は釈迦如来、羽咋市・永光寺の末寺で、永光寺の明峰素哲の高弟(こうてい)だった松岸旨渕が、1350年代に開山したと伝えられています。平安時代末期、若山荘の領家日野家とゆかりがあり、「日野の阿弥陀」と称される木造阿弥陀…
曹源寺
detail_5706.html
法華寺
寺宝「木造不動明王坐像」は重要文化財に指定されています。このほかにも、仏像や仏画、法具などの文化財が数多くあります。
法華寺
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与謝野晶子歌碑(七尾市)
1954(昭和29)年6月に建立されました。歌人与謝野晶子が、夫鉄幹と七尾を訪れた時、御祓川に家ーの朱色に塗られた格子戸が映える情景に心打たれ、その印象を詠んだといわれています。それを記念する意味で郡内(当時)の有志により設立されました。碑文「家ーに珊瑚…
与謝野晶子歌碑(七尾市)
detail_6736.html
石動山資料館
百年以上守られてきた仏像や古文書など、石動山の歴史を学べます。
明治の瓦解以来、百数十年以上にわたり、山内を中心に守り伝えられてきた仏像・仏具・絵図・古文書などの歴史資料およそ70点が展示されており、また、野外の史跡と一体となった石動山の歴史を学べる施設となっています。
石動山資料館
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雨の宮能登王墓の館
雨の宮古墳群に埋葬されていた出土品を展示しています。・展示品雨の宮1号墳出土品・・・銅鏡、石製腕飾類、刀剣類、その他雨の宮1号墳埋葬施設・・・粘土槨(かく)の実物大模型雨の宮古墳群の紹介パネル・映像ガイダンスロビー
雨の宮能登王墓の館
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蝦夷穴歴史センター
須曽蝦夷穴古墳(すそえぞあなこふん)から出土した須恵器(すえき)や大刀、鉄鏃(てつぞく)など、能登島の遺跡から見つかった考古資料を大型パネルで解説しています。昭和初期に七尾湾で活躍した「五枚舟」と呼ばれる伝馬舟(てんまぶね)を復元したものや、漁具な…
蝦夷穴歴史センター
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折口信夫父子の歌碑
国文学者、民俗学者また歌人として知られた折口信夫博士は能登一ノ宮の藤井春洋を養子としました。戦死した春洋と折口博士の父子の歌碑は、気多大社境内にあります。
折口信夫父子の歌碑
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旧観坊
江戸時代に58あったとされる院坊のうち、現存する唯一の建物です。農家風の建物ですが、所々に院坊としての風格が残っています。江戸時代後期の建築物で、県指定文化財となっています。「絵様舟肘木(えようぶなひじき)」や「化粧?木(けしょうたるき)」にかつての…
旧観坊
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坪野哲久・山田あき歌碑
故郷を想う歌人の碑
志賀町立図書館横の小さな公園に、志賀町出身で能登を愛した歌人・坪野哲久(つぼのてっきゅう)と、能登を第二の故郷とした山田あきの歌碑が建てられています。歌碑の内容「蟹の肉せゝりくらえばあこがるゝ生れし能登の冬潮の底哲久」「きみとみるこの夜の秋の天の川…
坪野哲久・山田あき歌碑
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柴垣古墳群(県指定史跡)
羽咋市柴垣町にある古墳時代中期から後期の古墳群です。前方後円墳3基、円墳10基で構成され、このうち親王塚古墳、円山1号墳、観音山古墳の3基が県の史跡に指定されています。親王塚古墳は全長35メートルの前方後円墳で、6世紀中頃の築造と考えられています。円山1号…
柴垣古墳群(県指定史跡)
detail_5532.html
羽咋市歴史民俗資料館
北陸屈指の弥生遺跡として知られる吉崎・次場遺跡、「渚の正倉院」ともよばれる寺家遺跡、二つの国指定史跡をはじめとする縄文~中近世の遺跡などを紹介しています。能登一宮の気多大社や、真言宗の正覚院、曹洞宗の永光寺、日蓮宗の妙成寺といった社寺に遺(のこ)る…
羽咋市歴史民俗資料館
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山の寺瞑想の道
加賀藩祖前田利家が、奥能登方面からの防御陣地に転用することを目的として、真宗寺院を除く各宗派寺院を配置したのが、「山の寺寺院群」の始まりといわれています。現存する16の寺には、趣き深い伝承や寺宝などが残っています。寺ーを繋ぐように整備された「瞑想の道…
山の寺瞑想の道
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甘藷石碑
浜谷七郎兵衛が、この地に初めて甘藷(かんしょ)、いわゆるサツマイモを持ち帰ったことを記念して建てられた石碑です。
甘藷石碑
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