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- 能登国分寺展示館
- 国分寺は、鎮護国家のために聖武天皇の詔(みことのり=天皇の命令)によって全国に建立されました。能登国分寺は、843(承和10)年に豪族の氏寺を転用した国分寺で、古代能登国の中心寺院として400年間栄えました。能登国分寺展示館は、国史跡「能登国分寺跡」に隣接…
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+ detail_6099.html
- 藤津比古神社
- 古くは熊野権現とも称し、特に本殿は「三間社流造り」で、かえる股、組物、幣軸など鎌倉時代の建築様式が用いられています。1214(正和3)年建造の棟札が同神社に保管されています。1967(昭和42)年に国の重要文化財の指定を受けました。8月14日夜には納涼祭(キリコ…
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+ detail_6378.html
- 曹洞宗 蓮江寺
- 1592年(文禄元年)の開墓と伝えられる。1599年(慶長4年)加賀初代藩主前田利家の葬儀を掌った象山徐芸が中興し、隠棲した。寺宝には、現存最古の利家画像(1599年(慶長4年)讃)や芳春院の寄進状、加賀3代藩主前田利常の安堵状などがある。毎年2月15日に犬の子まき…
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+ detail_6783.html
- 信行寺書院(和倉温泉) ※能登半島地震の影響により当面の間書院の拝観休業中 お参りはできます
- 国登録有形文化財に登録されている信行寺書院
- 御便殿は明治42年(1909年)に東宮殿下(後の大正天皇)が和倉行啓の際の休憩所として建てられました。信行寺にある御便殿は、随行員の控室であった供奉殿の部分であり、今は信行寺書院となっています。もともと御便殿は本殿(御座所)と供奉殿が一体となっていました…
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+ detail_21686.html
- 穴水町歴史民俗資料館
- 奥能登の玄関口にあたる穴水町は、古くから陸路と海路が交わる交通の要所でした。波静かな七尾北湾は、この地にさまざまな文化を育み、町の歴史に厚みをもたせました。このような地域性の中、穴水町の歴史を総合的に調査・研究し、散逸しがちな歴史的文化的資料の収集…
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+ detail_4511.html
- 地福院
- 中居八景を見下す景勝地にあり、もとは海星山・皇帝寺と号しましたが、後に瑞鳳山地福院と改めました。本尊「弥勒菩薩坐像」と「両頭愛染明王」は町指定文化財です。境内にある羅漢樹は、樹齢750年、樹高12メートル、根周り4.2メートル、枝分かれの高さ3.9メートルで…
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+ detail_5800.html
- 折口信夫父子の歌碑
- 国文学者、民俗学者また歌人として知られた折口信夫博士は能登一ノ宮の藤井春洋を養子としました。戦死した春洋と折口博士の父子の歌碑は、気多大社境内にあります。
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+ detail_4833.html
- 高浜虚子句碑
- 近代俳句の巨人、高浜虚子が、1949(昭和24)年に和倉から奥能登へ旅をした際に車中で作った句が刻まれた石碑です。この地で古くから「要石」と呼ばれる、高さ4メートルの巨石に「能登言葉親しまれつつ花の旅虚子1949(昭和24)年4月28日蝸牛舎」と刻んであります。
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+ detail_5735.html
- 国登録有形文化財 旧丹後邸
- 織物の先進技術を築いた拠点
- 平成27年に寄附された旧丹後邸が7月21日、国登録有形文化財に答申されました。旧丹後邸は、麻織物で成功した丹後氏の住宅で、当時の先進技術を導入し、絹織物の生産拡大に努め、海外への販路拡大を図っていた頃の繁栄を物語っています。母屋は農家風の特徴をもつアズ…
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+ detail_21457.html
- 石動山資料館
- 百年以上守られてきた仏像や古文書など、石動山の歴史を学べます。
- 明治の瓦解以来、百数十年以上にわたり、山内を中心に守り伝えられてきた仏像・仏具・絵図・古文書などの歴史資料およそ70点が展示されており、また、野外の史跡と一体となった石動山の歴史を学べる施設となっています。
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+ detail_5682.html
- 来入寺のミズバショウ
- 山里の風情に真っ白なミズバショウが咲き乱れます
- 1558(永禄元)年の創立と伝えられる来入寺にある、約2000株のミズバショウがいっせいに咲き乱れる姿は圧巻です。小川の流れと緑、そして素朴な集落のたたずまいの中で、一層華やかさを増しています。
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+ detail_6755.html
- 甘藷石碑
- 浜谷七郎兵衛が、この地に初めて甘藷(かんしょ)、いわゆるサツマイモを持ち帰ったことを記念して建てられた石碑です。
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+ detail_4516.html
- 加能作次郎文学碑
- 富来の風土で育った文豪
- 郷土の作家、加能作次郎の文学碑です。富来漁港の南崖頂部の端の海岸に立っています。作次郎の学友である早稲田大学文学部長谷崎精二が撰文しました。立石の句は、長女の結婚に際して与えた自筆の色紙を模写したものです。碑石は、長さ3メートル、高さ1.5メートルあり…
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+ detail_5108.html
- 常椿寺のヤマフジ(夫婦藤)
- 能登町宇出津の高台にある巨樹で、樹齢およそ550年と言われています。昇龍(しょうりゅう)と臥龍(がりゅう)と名付けられた2本のヤマフジのうち、大きいもので根回り6.2メートル、胸高周囲4メートル、樹高25メートルにも達しています。2本のフジが互いに寄り添うように…
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+ detail_5386.html
- 柴垣古墳群(県指定史跡)
- 羽咋市柴垣町にある古墳時代中期から後期の古墳群です。前方後円墳3基、円墳10基で構成され、このうち親王塚古墳、円山1号墳、観音山古墳の3基が県の史跡に指定されています。親王塚古墳は全長35メートルの前方後円墳で、6世紀中頃の築造と考えられています。円山1号…
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- 腰巻地蔵
- 遊女と船頭の悲恋を語る地蔵
- 福浦港が北前船の寄港地として栄えており、船員を相手にした船宿や遊郭も多かった頃、いつかは旅立つ船頭にはかない恋をした遊女がいました。いよいよ出港というその時に、船頭との別れを惜しむ遊女が自分の腰巻を地蔵に当てたところ、たちまち海は荒れ狂い、出港でき…
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- 青林寺ライトアップ&贅沢ティータイム ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響の為、イベントを中止
- 人気の観光スポットで当時の天皇気分を味わいませんか 能登島の和紅茶と七尾銘菓のおもてなしも
- 明治42年に大正天皇の休憩所として建てられた青林寺御便殿。期間限定でライトアップされた庭の風景が座卓に映り込み、その景色がまるで水鏡のよう。SNS映えスポットとして注目を集める青林寺で、時間が止まったかのような幻想的な世界を体験してみませんか。希少価値…
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- 羽咋市歴史民俗資料館
- 北陸屈指の弥生遺跡として知られる吉崎・次場遺跡、「渚の正倉院」ともよばれる寺家遺跡、二つの国指定史跡をはじめとする縄文~中近世の遺跡などを紹介しています。能登一宮の気多大社や、真言宗の正覚院、曹洞宗の永光寺、日蓮宗の妙成寺といった社寺に遺(のこ)る…
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+ detail_6219.html
- 雨の宮能登王墓の館
- 雨の宮古墳群に埋葬されていた出土品を展示しています。・展示品雨の宮1号墳出土品・・・銅鏡、石製腕飾類、刀剣類、その他雨の宮1号墳埋葬施設・・・粘土槨(かく)の実物大模型雨の宮古墳群の紹介パネル・映像ガイダンスロビー
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+ detail_4560.html
- 黒丸家
- 建物の古さや格式を持った間取り、屋敷構えから、中世の名主の系譜を引く家柄と考えられます。唯一の手がかりである過去帳には、明応9(1500)年の室町時代に始まる、60人以上の先祖が記してあり、古くから続く家であることを示しています。建築年代は明らかではありま…
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+ detail_5276.html