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舟橋聖一碑
七尾まだら碑と共に建立された、3個の碑で構成する一群の「七尾まだら」記念碑のひとつです。碑の歌は舟橋氏の自筆です。「赤襟のをとめもかりていろめきぬ七尾まだらのたのしき夜かな」
舟橋聖一碑
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豊財院
全600巻に及ぶ「血書大般若経」は圧巻。
今から約700年前、瑩山禅師によって能登で最初の禅修行の場として開かれました。山腹にあるため、ここからは羽咋市の街並みを一望できます。自らの手指を刺し、その血をもって「血書大般若経」を書写した月澗和尚(げっかんおしょう)は中興の祖とされています。「血…
豊財院
detail_6400.html
国登録有形文化財 旧丹後邸
織物の先進技術を築いた拠点
平成27年に寄附された旧丹後邸が7月21日、国登録有形文化財に答申されました。旧丹後邸は、麻織物で成功した丹後氏の住宅で、当時の先進技術を導入し、絹織物の生産拡大に努め、海外への販路拡大を図っていた頃の繁栄を物語っています。母屋は農家風の特徴をもつアズ…
国登録有形文化財 旧丹後邸
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来入寺のミズバショウ
山里の風情に真っ白なミズバショウが咲き乱れます
1558(永禄元)年の創立と伝えられる来入寺にある、約2000株のミズバショウがいっせいに咲き乱れる姿は圧巻です。小川の流れと緑、そして素朴な集落のたたずまいの中で、一層華やかさを増しています。
来入寺のミズバショウ
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サルビアロード
夏の旅人たちをもてなす真っ赤なサルビア。
珠洲道路の中斉地区から桜峠に至る区間に、約4万本のサルビアが植えられています。花壇の長さは、両側を併せて約4キロあり、6月から9月までの間、真っ赤なサルビアの花がドライバーの目を楽しませます。
サルビアロード
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白崎公園
七尾西湾に面した公園内には、大伴家持の歌碑や島田渓水の句碑があります。
白崎公園
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東嶺寺
昔は「花渓寺」と称していました。長家23代当主長連頼が、父・連龍の菩提(ぼだい)を弔うために、堂宇(どうう)を改築しました。そして1652(慶安4)年、連龍の法号「東嶺寺庵主」をとって東嶺寺と改称しました。藩政期は長家の菩提寺として保護され、境内左側の丘…
東嶺寺
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長谷部信連の墓
源平争乱の時代を経て、奥能登の有力御家人として地頭領主支配の基礎を固めた長谷部信連の墓です。地元では「ちょうづか」とも呼ばれています。秋は、彼岸花の名所としても知られています。山岸町の市立輪島病院付近にあります。
長谷部信連の墓
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吉崎・次場弥生公園
五百年間にわたる弥生世界のロマン。
北陸でも屈指の規模を誇る弥生ムラである国史跡の吉崎・次場遺跡を保存し、その一部を再現した野外博物館です。復元にあたっては、弥生時代中期にあたる約2000年前の環境と景観復元を試みました。溝に囲まれたムラに入り、ビジュアルな弥生文化に触れ、歴史を実感して…
吉崎・次場弥生公園
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蝦夷穴歴史センター
須曽蝦夷穴古墳(すそえぞあなこふん)から出土した須恵器(すえき)や大刀、鉄鏃(てつぞく)など、能登島の遺跡から見つかった考古資料を大型パネルで解説しています。昭和初期に七尾湾で活躍した「五枚舟」と呼ばれる伝馬舟(てんまぶね)を復元したものや、漁具な…
蝦夷穴歴史センター
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大伴家持歌碑(羽咋市千里浜町)
歌碑には「之乎路(しおじ)から直越(ただこ)え来れば羽咋の海朝凪(あさなぎ)したり船梶(ふねかじ)もがも」と刻まれています。これは748(天平20)年、万葉の歌人大伴家持が越中の国司の身で能登をめぐった際、気多大社におもむく時に作った歌です。家持はこの…
大伴家持歌碑(羽咋市千里浜町)
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珪藻土資料館・鍵主工業
珪藻土関係の資料が展示されているほか、珪藻土コンロ・七輪各種、炭火関連の道具を販売している。
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柴垣古墳群(県指定史跡)
羽咋市柴垣町にある古墳時代中期から後期の古墳群です。前方後円墳3基、円墳10基で構成され、このうち親王塚古墳、円山1号墳、観音山古墳の3基が県の史跡に指定されています。親王塚古墳は全長35メートルの前方後円墳で、6世紀中頃の築造と考えられています。円山1号…
柴垣古墳群(県指定史跡)
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法華寺
寺宝「木造不動明王坐像」は重要文化財に指定されています。このほかにも、仏像や仏画、法具などの文化財が数多くあります。
法華寺
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佐々木信綱歌碑
歌人・佐々木信綱(ささきのぶつな)が和倉を訪れたとき、万葉集で有名な大伴家持をしのんで詠んだ句です。「うた人の国守廻り見し日にも山きよらかに海しずかなりけむ」
佐々木信綱歌碑
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雨の宮グリーン広場
西馬場地内の雨の宮古墳群に隣接する、山林の中にある憩いの広場です。わんぱく広場(芝生)には、スーパースライダーとコンビネーション遊具が設置されており、子どもに人気です。バーベキューセットが3基、水飲み場も整備されているバーベキュー広場は、夏ににぎわ…
雨の宮グリーン広場
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大伴家持歌碑(珠洲市春日神社境内)
748(天平20)年、万葉の歌人大伴家持が越中の国司の身で能登を巡った折、珠洲から船出の際に詠んだと言われる歌の碑です。
大伴家持歌碑(珠洲市春日神社境内)
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加能作次郎文学碑
富来の風土で育った文豪
郷土の作家、加能作次郎の文学碑です。富来漁港の南崖頂部の端の海岸に立っています。作次郎の学友である早稲田大学文学部長谷崎精二が撰文しました。立石の句は、長女の結婚に際して与えた自筆の色紙を模写したものです。碑石は、長さ3メートル、高さ1.5メートルあり…
加能作次郎文学碑
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高浜虚子句碑
近代俳句の巨人、高浜虚子が、1949(昭和24)年に和倉から奥能登へ旅をした際に車中で作った句が刻まれた石碑です。この地で古くから「要石」と呼ばれる、高さ4メートルの巨石に「能登言葉親しまれつつ花の旅虚子1949(昭和24)年4月28日蝸牛舎」と刻んであります。
高浜虚子句碑
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山口誓子句碑
「ひぐらしが鳴く奥能登のゆきどまり」。1961(昭和36)年、山口誓子が禄剛埼灯台を訪ねた際、台地に立って最果ての岬の感傷を詠んだ句碑です。
山口誓子句碑
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