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七尾まだら
七尾市を中心に遺存する祝儀歌。他に輪島市、穴水町で、それぞれ地名を冠したまだら節がある。産み字を長く引き、ほとんど合唱で歌うのが特徴。古くから船方の祝儀歌として歌われた。現在では一般の冠婚や祝儀の席で広く歌われている。(県指定無形民俗文化財)
七尾まだら
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白山神社
三間社流造の本殿は、法住寺(ほうじゅうじ)の鎮守として室町時代末期に創建されました。再三の修理により、部材のほとんどが取り替えられましたが、古い部分は多く残されており、国指定の重要文化財になっています。1972(昭和47)年、解体修理を行った際に瓦葺きか…
白山神社
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角偉三郎美術館
能登の地で、常に木や漆の新しい「かたち」を追求した漆作家に、角偉三郎がいます。角氏の作品を豊富に揃えて、常設展示しています。
角偉三郎美術館
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善正寺の菊桜
善正寺の「ゼンショウジキクザクラ(県指定天然記念物)」は、ヤマザクラが菊咲きになった珍しい品種で、県内の菊咲き系の中では最大規模を誇ります。樹齢500年と推定されており、一輪の花びらは多いもので250枚、満開時には直径約2センチの球状になります。ゴールデン…
善正寺の菊桜
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羽根万象美術館
能登町出身の日展参与、羽根万象氏の芳志により、49点の作品や小下図、79点に及ぶスケッチ画など、計135点が町に寄贈されたことを記念して、1989(平成元)年に開館しました。完成品のみならず、作品が完成するまでの過程を見られる個性的な美術館です。遠島山公園の…
羽根万象美術館
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道閑公園
村民のために犠牲のなった義民
1656(慶安4)年、加賀藩3代藩主前田利常の農地改作法による検地に、農民と共に反対した十村頭の園田道閑にまつわる公園です。
道閑公園
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真言宗天王寺(しゃくなげ寺)
お寺の境内に咲き誇る
「能登の石楠花(しゃくなげ)寺」で知られている天王寺。4月下旬から5月中旬にかけて、寺の境内の斜面には約2,200株のシャクナゲが見事に咲き誇ります。これらの多くは個人の寄贈によるもので、一株一株に願いが込められています。
真言宗天王寺(しゃくなげ寺)
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佐々木信綱歌碑
歌人・佐々木信綱(ささきのぶつな)が和倉を訪れたとき、万葉集で有名な大伴家持をしのんで詠んだ句です。「うた人の国守廻り見し日にも山きよらかに海しずかなりけむ」
佐々木信綱歌碑
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黒丸家
建物の古さや格式を持った間取り、屋敷構えから、中世の名主の系譜を引く家柄と考えられます。唯一の手がかりである過去帳には、明応9(1500)年の室町時代に始まる、60人以上の先祖が記してあり、古くから続く家であることを示しています。建築年代は明らかではありま…
黒丸家
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白崎公園
七尾西湾に面した公園内には、大伴家持の歌碑や島田渓水の句碑があります。
白崎公園
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藤津比古神社
古くは熊野権現とも称し、特に本殿は「三間社流造り」で、かえる股、組物、幣軸など鎌倉時代の建築様式が用いられています。1214(正和3)年建造の棟札が同神社に保管されています。1967(昭和42)年に国の重要文化財の指定を受けました。8月14日夜には納涼祭(キリコ…
藤津比古神社
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永禅寺山古墳群
永禅寺(蟹寺)の裏山にある、6基の高塚古墳の円墳からなっています。発掘調査された一号墳、二号墳は、5世紀後半から6世紀初めごろの築造と推定されています。
永禅寺山古墳群
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遍行寺
通称「ぼたん寺」
遍行寺の敷地には、あちこちに花壇が整備されており、様々な種類のぼたんが植えられています。ぼたん以外にも、ハナショウブ、オダマキ、シャクナゲなども植えられており、同時期に楽しむことができます。
遍行寺
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珠洲市立珠洲焼資料館【臨時休館中】
平安時代末期から室町時代中期にかけての約400年の間、須恵器の伝統を受けつぎ、無釉(むゆう)、還元焔(かんげんえん)で焼かれた、灰黒色で力強い造形美を誇る「珠洲古陶」や資料を展示しています。時代による移り変わりや、流通した様子、当時の信仰や生活との関…
珠洲市立珠洲焼資料館【臨時休館中】
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菅原神社
県内最古の菅原神社。960(天徳4)年、山城国北野天神より勧請されたといいます。加賀藩前田家は菅原道真の末裔と称していたため、1582(天正10)年、藩祖利家が戦勝を祈り社殿を造営して以来、歴代藩主の崇敬厚く、参拝、寄進が頻繁に行われました。全国的には菅原道…
菅原神社
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能登部神社
加賀藩初代藩主前田利家が深く崇拝し「兄宮の神域を侵すべからず」との掟書を記した高札を与えました。また、利家の側室寿福院がこの場所で加賀藩3代藩主前田利常を出産したと伝えられていることから、利常の産神として仰がれています。
能登部神社
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福正寺
いつでも法話の聞ける寺
1494(明応3)年、町野川水系の最古級の真宗道場として建立されました。本堂は創建から500年間、庫裏は300年の間、風雪に耐え抜き、当時の建築様式や装飾を今に伝えています。漆器の合鹿椀(ごうろくわん)を作る木地師などの信仰を集め、合鹿椀ゆかりの寺としても有…
福正寺
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国登録有形文化財 旧丹後邸
織物の先進技術を築いた拠点
平成27年に寄附された旧丹後邸が7月21日、国登録有形文化財に答申されました。旧丹後邸は、麻織物で成功した丹後氏の住宅で、当時の先進技術を導入し、絹織物の生産拡大に努め、海外への販路拡大を図っていた頃の繁栄を物語っています。母屋は農家風の特徴をもつアズ…
国登録有形文化財 旧丹後邸
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信行寺書院(和倉温泉) ※能登半島地震の影響により当面の間書院の拝観休業中 お参りはできます
国登録有形文化財に登録されている信行寺書院
御便殿は明治42年(1909年)に東宮殿下(後の大正天皇)が和倉行啓の際の休憩所として建てられました。信行寺にある御便殿は、随行員の控室であった供奉殿の部分であり、今は信行寺書院となっています。もともと御便殿は本殿(御座所)と供奉殿が一体となっていました…
信行寺書院(和倉温泉) ※能登半島地震の影響により当面の間書院の拝観休業中 お参りはできます
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青林寺ライトアップ&贅沢ティータイム ※令和6年(2024年)能登半島地震の影響の為、イベントを中止
人気の観光スポットで当時の天皇気分を味わいませんか 能登島の和紅茶と七尾銘菓のおもてなしも
明治42年に大正天皇の休憩所として建てられた青林寺御便殿。期間限定でライトアップされた庭の風景が座卓に映り込み、その景色がまるで水鏡のよう。SNS映えスポットとして注目を集める青林寺で、時間が止まったかのような幻想的な世界を体験してみませんか。希少価値…
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