検索結果

176件ありました
並び順
人気順(週間)
近い順
更新順
表示切替
タイル
リスト
マップ
松尾神社
平安時代から伝わる歴史的神社
承和元年(834年)、松尾神社は山城国松神社より勧請(かんじょう)されたと伝えられています。祭神は、大山咋命(おおやまくいのみこと)、玉依比賣命(たまよりひめのみこと)を祭り、古来、町居・草木・日下田の三カ村の惣社「松尾大明神」として崇敬されてきまし…
松尾神社
+ detail_6509.html
大伴家持歌碑(羽咋市千里浜町)
歌碑には「之乎路(しおじ)から直越(ただこ)え来れば羽咋の海朝凪(あさなぎ)したり船梶(ふねかじ)もがも」と刻まれています。これは748(天平20)年、万葉の歌人大伴家持が越中の国司の身で能登をめぐった際、気多大社におもむく時に作った歌です。家持はこの…
大伴家持歌碑(羽咋市千里浜町)
+ detail_4776.html
七尾まだら
七尾市を中心に遺存する祝儀歌。他に輪島市、穴水町で、それぞれ地名を冠したまだら節がある。産み字を長く引き、ほとんど合唱で歌うのが特徴。古くから船方の祝儀歌として歌われた。現在では一般の冠婚や祝儀の席で広く歌われている。(県指定無形民俗文化財)
七尾まだら
+ detail_6002.html
志乎・桜の里 古墳公園
6世紀の後半に築造された6基の円墳群を整備し、周囲には36種類にも及ぶ桜を1,000本植栽してある全国的にも珍しい公園です。園内には芝生広場や休憩舎も配置してあり、家族で楽しむのに最適です。また、障害者にも配慮した園路やトイレが設置されています。
志乎・桜の里 古墳公園
+ detail_5512.html
須曽蝦夷穴古墳
古墳時代の終わり頃に築かれたとされる有力者の墓です。一辺が約18メートルの方墳で、正面の墳丘の裾に低い石積みが巡らされています。墳丘内部には、近くの海岸から運んだ安山岩の板石で造られた一対の墓室(横穴式石室)があります。横幅の広い奥室(玄室)や、ドー…
須曽蝦夷穴古墳
+ detail_5655.html
能登国分寺展示館
国分寺は、鎮護国家のために聖武天皇の詔(みことのり=天皇の命令)によって全国に建立されました。能登国分寺は、843(承和10)年に豪族の氏寺を転用した国分寺で、古代能登国の中心寺院として400年間栄えました。能登国分寺展示館は、国史跡「能登国分寺跡」に隣接…
能登国分寺展示館
+ detail_6099.html
岡部家(県指定有形文化財)
鎌倉時代に源平合戦「一の谷の戦い」で手柄を立てた「岡部六弥太忠澄」に、鎌倉幕府が与えた領地の一つに口能登があり、ここに親族を送り込んだのが最初とされています。文化財である岡部家住宅は、元文元年8月(1736)に再建されたもので、茅葺き(麦藁・稲藁・茅に…
岡部家(県指定有形文化財)
+ detail_4790.html
春日神社
春日神社は、市役所そばの春日山麓にある、天児屋根命(あめのこやねのみこと)と六神が祭られている古社です。境内には、樹齢700年を越えると伝わる老杉が生い茂り、拝殿に進む石段の右手には、大伴家持が能登巡国の折、歌ったとされる万葉歌碑があります。平安時代…
春日神社
+ detail_4948.html
七尾まだら碑
御祓(みそぎ)川の下流にある小公園に建つ石碑です。縦2.35メートル、横45センチ、厚さ32センチの御影石に、詩人・西条八十(やそ)の筆で刻まれています。夜にはライトアップされ、「七尾まだらの碑」の文字がくっきりと浮かびます。1961(昭和36)年11月3日、祝議…
七尾まだら碑
+ detail_6003.html
藤津比古神社
古くは熊野権現とも称し、特に本殿は「三間社流造り」で、かえる股、組物、幣軸など鎌倉時代の建築様式が用いられています。1214(正和3)年建造の棟札が同神社に保管されています。1967(昭和42)年に国の重要文化財の指定を受けました。8月14日夜には納涼祭(キリコ…
藤津比古神社
+ detail_6378.html
曹源寺
珠洲市長橋にある曹洞宗の寺院です。本尊は釈迦如来、羽咋市・永光寺の末寺で、永光寺の明峰素哲の高弟(こうてい)だった松岸旨渕が、1350年代に開山したと伝えられています。平安時代末期、若山荘の領家日野家とゆかりがあり、「日野の阿弥陀」と称される木造阿弥陀…
曹源寺
+ detail_5706.html
東嶺寺
昔は「花渓寺」と称していました。長家23代当主長連頼が、父・連龍の菩提(ぼだい)を弔うために、堂宇(どうう)を改築しました。そして1652(慶安4)年、連龍の法号「東嶺寺庵主」をとって東嶺寺と改称しました。藩政期は長家の菩提寺として保護され、境内左側の丘…
東嶺寺
+ detail_5894.html
七尾軍艦所跡
幕末、海防の必要に迫られた加賀藩は、ヨーロッパから購入した艦船を七尾湾に浮かべました。これらの艦船は、白地に紺の剣梅鉢(前田家の家紋)の船印をつけたことから、「梅鉢海軍」と呼ばれました。その倉庫やドックとして建設されたのが七尾軍艦所です。七尾軍艦所…
七尾軍艦所跡
+ detail_5968.html
黒丸家
建物の古さや格式を持った間取り、屋敷構えから、中世の名主の系譜を引く家柄と考えられます。唯一の手がかりである過去帳には、明応9(1500)年の室町時代に始まる、60人以上の先祖が記してあり、古くから続く家であることを示しています。建築年代は明らかではありま…
黒丸家
+ detail_5276.html
西方寺古窯跡
中世に使用されていたとされる「珠洲焼」の窯業遺跡で、ほぼ完全な姿を保っており、珠洲古窯の構造を伝える貴重な遺跡です。2008(平成20)年、珠洲市と能登町にある11カ所の窯跡と共に、「珠洲陶器窯跡」として国指定史跡となりました。
西方寺古窯跡
+ detail_5452.html
正覚院
気多の神のお告げを受け創建。
泰澄大師が気多の神のお告げを受けて創建したと伝わる寺院。1000年以上にわたり気多大社の神宮寺としての役割を担いました。明治初頭の神仏分離令により気多大社から独立する際、多くの宝物が正覚院に移設。重要文化財の阿弥陀如来坐像も気多大社の大講堂に安置されて…
正覚院
+ detail_5549.html
豊財院
全600巻に及ぶ「血書大般若経」は圧巻。
今から約700年前、瑩山禅師によって能登で最初の禅修行の場として開かれました。山腹にあるため、ここからは羽咋市の街並みを一望できます。自らの手指を刺し、その血をもって「血書大般若経」を書写した月澗和尚(げっかんおしょう)は中興の祖とされています。「血…
豊財院
+ detail_6400.html
松岡寺
能登町松波にある浄土真宗本願寺派の寺院。波佐谷山と号し、本尊は阿弥陀如来。開基は本願寺8世蓮如の3男蓮綱(兼祐)。四方36mを誇る本堂は、能登最大規模。ここには奈良興福寺から伝来したという等身大の聖徳太子孝養像(国重要文化財)がある。
松岡寺
+ detail_5552.html
高浜虚子句碑(七尾市)
1947(昭和22)年4月に建てられました。ホトトギス派の主宰として俳壇の最高峰にいた虚子が、和倉の波静かな海に吟じた一句です。碑文「家持の妻恋舟か春の海虚子」
高浜虚子句碑(七尾市)
+ detail_5733.html
親王塚古墳
崇神(すじん)天皇の皇子、大入杵命(おおいりきのみこと)の陵墓といわれ、周囲に濠(ほり)をめぐらしています。頂径20メートル、底辺67メートル、高さ14.5メートルあり、北陸で随一の大きさを誇っています。平家物語にも「小田中のシンノウヅカ」と書かれているよ…
親王塚古墳
+ detail_5582.html
ページトップへ