条件指定で探す
- カテゴリーを選択
- エリアを選択
- 現在地からの距離を選択
カテゴリーを選択
エリアを選択
現在地からの距離を選択
検索結果
1516件ありました
- 並び順
- 人気順(週間)
- 近い順
- 更新順
- 表示切替
- タイル
- リスト
- マップ
- 蓮昌寺
- 【日蓮宗】三代利常の生母・寿福院の帰依所。金沢四大仏の一つで丈六の釈迦如来立像を安置。泉鏡花の絶筆小説『縷紅新草』の舞台。山内には俳人秋之坊の碑、利常の正室・珠姫(天徳院)入輿の際、将軍家から派遣された多羅尾家の墓などもあります。
-
- 金沢
- 蓮華寺
- 【日蓮宗】寺宝には大曼荼羅、虚空蔵菩薩があります。この虚空蔵菩薩像は行基菩薩の作と言われ、約1,300年の間に奈良より京都・金沢を経て七尾に至り、藩政初期、蓮華寺に安置されたと寺記にあります。絵画・陶芸・漆芸などの関係者によって深く信仰されています。
-
- 金沢
- 本長寺
- 【顕本法華宗】宝暦12年(1762)の大火で焼失後、学僧・日鑑らにより再建されました。本堂内で9年の歳月をかけ制作した国内では珍しいフレスコ壁画「釈尊伝」が平成28年に完成しました。参拝者なら拝観できます。前庭には芭蕉の「春もやゝけしき調ふ月と梅」の句碑が建…
-
- 金沢
- 本覚寺
- 【顕本法華宗】創建に関わった三輪志摩長好は三代利常に願い御骨堂を建立、二代利長の分骨と位牌を納めました。利長夫人であり織田信長の五女・玉泉院はしばしば当寺に参詣したといわれています。はじめは本長寺と輪番で前田家領内同流派寺院の触頭を務めました。
-
- 金沢
- 等願寺
- 【真宗大谷派】慶長7年(1602)、津幡弘願寺の隠居・遊林院の子・等覚坊龍念が森下町で創建しました。万治2年(1659)大火で全焼し、三代利常より現在地を拝領し移転。享保16年(1731)再び類焼しましたが、本堂内陣は火災を免れ当時の姿が残っています。
-
- 金沢
- 専長寺
- 【真宗大谷派】開基は平家の末裔・波佐場次郎衛門賢周が戸水村に無量寿寺をおこし、寛正6年(1465)、宮腰に移り、仲之道場と称したことにはじまります。文明4年(1472)本願寺八世蓮如上人より「法運専ら長久なるべし」として「専長寺」の寺号を賜りました。貞享四年頃の…
-
- 金沢
- 眞長寺
- 【高野山真言宗】宝暦12年(1762)隣家からの出火で付近269軒が焼失する大火があったが、境内の稲荷社は無事でした。稲荷社は金沢城内出火の折に預けられた社です。類焼が免れたのは稲荷社の威光であるとして「眞長寺稲荷霊異記」が伝えています。
-
- 金沢
- 三宝寺
- 【日蓮宗】小松にあった時は三代利常の生母・寿福院の位牌所にもなっていました。寛文11年(1671)金沢に移転。寺内には秋山神を安置するが痔疾に効験があるといわれ、参拝者も多いです。寺宝には不動・愛染(絹本)・妙見尊の画像などがあります。
-
- 金沢
- 金剛寺
- 【曹洞宗】開山は天正年間、前田大炊の第三子が出家し、越中(富山県)射水郡守山の海老坂に創建したことが起こり。その後三代利常の時代に現在地に移りました。本堂には、能登末森城の守り本尊であったと伝えられる観世音菩薩像が安置されています。
-
- 金沢
- 鈴木大拙生誕地記念碑
- 鈴木大拙は、代々加賀藩家老本多家に仕える家系の四男として、明治3年(1870)10月18日金沢市下本多町に生まれました。これは、金沢が生んだその偉大なる人物を記念してその生誕の地に記念碑を建立したものです。
-
- 金沢
- 円光寺
- 【日蓮宗】二代利長が守山在城時代に寺地を賜ったことが起こりとされています。富山、高岡と利長に従って移り、寛永13年(1636)現在地に移りました。利長が高岡在城の頃に守本尊として信仰した観世音菩薩像が安置されています。宗祖御会式、観世音祭礼を勤修。
-
- 金沢
- 永安寺
- 加賀百万石の奥の院
- 永安寺は、およそ500年前に室町幕府の足利九代将軍義尚により創建され、約100年前に加賀藩主慶寧公の外孫にあたる当山開基霊光僧正により金沢の地に遷して造営されました。山号を鶴舞山と称し、兼六園の南東約5キロの高台に位置し、春は桜が、初夏はつつじが咲き乱れ…
-
- 金沢
- 布橋ミズバショウ群生地
- 低山地で見られるミズバショウ
- ミズバショウは寒地性の多年生植物です。石川県では加賀地方の湿地を中心に分布しますが、生息地が限られ、石川県のレッドデータブックでは準絶滅危惧に指定されています。ミズバショウが標高50 メートルといった低山地に自生しているのは非常に珍しいことです。
-
- 加賀
- 山中温泉 しらさぎガイド(加賀あいりすガイド)
- 名湯「山中温泉」の温泉街をガイドと一緒に歩きましょう
- 松尾芭蕉も絶賛した名湯「山中温泉」。1.3キロにわたって続く「鶴仙渓」遊歩道や、九谷焼や山中漆器のギャラリー・飲食店などが並ぶ「ゆげ街道」をガイドと一緒に歩きます。◆ガイド申し込みについて◆ 申込期限:遅くとも2週間前までに 申込先:山中温泉観光…
-
- 加賀
- 真教寺
- 創建は、1615(元和元)年で1682(天和2)年に鐘楼が作られました。梵鐘は加賀藩の御用釜師で名工の初代宮崎彦九郎義一の作で大きさ口径77cm、鐘身107cm。市有形文化財に指定されています。
-
- 白山
- 帰厚坂遊歩道
- 卯辰山の歴史散歩道です。天神橋を渡り、帰厚坂から花菖蒲園までの267メートルのコースです。
-
- 金沢
- 中居まだら唄
- まだらは曼陀羅ともいわれ、全国各地の港の祝儀唄として歌われ、九州方面から伝播したともいわれています。中居では松前船の下だり上ぼりの往来で伝えられたのでしょうか。中居港の起舟祝は旧正月の11日年頭に初めて舟を出す儀礼として、船主が船頭や水夫などを招き催…
-
- 能登
- 加賀あいりすガイド
- 加賀市観光ボランティアガイド「加賀あいりすガイド」では、それぞれテーマや地域別にガイド活動を行っています。 ●橋立さわやかガイド(橋立区)●片山津うきうきガイド(片山津温泉地区)●山代温泉ガイドヤタガラス(山代温泉地区)●山中温泉ガイドしらさ…
-
- 加賀
- 槻橋城跡
- 中世の米蔵があったとされる山城跡
- 室町時代、文明(1469~1487年)の頃、加賀国守護であった富樫政親(とがしまさちか)に仕えた槻橋兵庫守(つきはしひょうごのかみ)の山城跡です。槻橋氏は、加賀の一向一揆があった長享2年(1488)に、一揆勢に攻められ富樫政親とともに滅びました。その時の兵糧米…
-
- 白山
- 立正寺
- 【法華宗】承応2年(1652)、光要院日達上人を開山として、源入山本光寺を創建しました。前田家に仕えた勤王の志士・不破富太郎、金沢の経済発展に多大な貢献をした明治初期の貿易商・圓中孫平の各墓所があります。昭和初期に現山号・寺号としました。
-
- 金沢