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- 眞長寺
- 【高野山真言宗】宝暦12年(1762)隣家からの出火で付近269軒が焼失する大火があったが、境内の稲荷社は無事でした。稲荷社は金沢城内出火の折に預けられた社です。類焼が免れたのは稲荷社の威光であるとして「眞長寺稲荷霊異記」が伝えています。
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- 金沢
- 玄光院
- 【浄土宗】承応元年(1652)、根誉源政の創立。大正2年(1913)に永福寺を合併しました。本尊の善光寺式阿弥陀如来立像は黄金色の仏像。両脇には観音、勢至の両金銅製の菩薩像が侍立しています。現在の建物は江戸後期のものです。
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- 金沢
- 鶴林寺
- 【曹洞宗】開山は大乗寺三代明峰和尚の弟子大智。延元年間(1336~40)、石川郡吉野谷村に祇陀寺を建立されました。後年、越中(富山県)守山に再興され、さらに金沢八坂に移り、三代利常の命で鶴林寺と称するようになりました。十四代暖源の時、前田家の祈願所となりまし…
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- 金沢
- 因徳寺
- 【真宗大谷派】六本柱の山門・本堂ともに、創建の年代に近い江戸初期の様式を残しており、本堂の向拝虹梁および蟇股が趣深い造りになっています。本尊は一尺七寸の阿弥陀仏像。境内には狂歌で一世を風靡した瀬波屋鶏馬の墓があります。
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- 金沢
- 鞍月用水
- 街に彩りを添える「せせらぎ通り」の主役
- 犀川を源とする鞍月用水は、古くから人々の営みに深く寄り添い、街に潤いを与え続けてきた歴史ある用水です。賑やかな香林坊や片町の裏手を通り、長町エリアへと続くこの流れは、かつては米を搗いたり油を絞ったりするための水車の動力源として、金沢の経済や暮らしを…
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- 金沢
- 祥雲庵
- 本格的な茶道体験ができます
- 「祥雲庵」は遠州流茶道お家元から頂いたお茶室の名前です。縁起の良い雲を意味する「祥雲」の下にある静かな隠れ家のような「庵」で、お客様へ一服のお茶を点て心を通わせられることを楽しみにしております。
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- 金沢
- 聞敬寺
- 【真宗大谷派】延宝5年(1677)、現小立野1丁目付近に聞敬坊として創建されました。文政4年(1821)、七ヶ町村の惣道場として現在地に建てられ、明治13年(1880)聞敬寺となりました。金一塗りの宝相華花草模様が見事な内陣の欄間は、200年以上前の寺院欄間様式です。
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- 金沢
- 本法寺
- 【日蓮宗】お稲荷さんの寺。創建は、天正15年(1587)、常唱院日随上人開山。元は越中新川松倉にて圓通寺と称しましたが、後に金沢下堀川に移転し松倉山本法寺と改めました。三代利常による内証の祈願を成就。祈祷所に命ぜられ、現在の寺領を賜りました。
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- 金沢
- 本蔵寺
- 【日蓮宗】加賀国河北郡車村(金沢市車町)の宝乗寺第十九世・日運上人が京都の妙顕寺より曼荼羅を授かり、同所に建立しました。安政5年(1822)、現在の地に移転しました。約150坪の境内には本堂・庫裡・山門などが建っています。
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- 金沢
- 三宝寺
- 【日蓮宗】小松にあった時は三代利常の生母・寿福院の位牌所にもなっていました。寛文11年(1671)金沢に移転。寺内には秋山神を安置するが痔疾に効験があるといわれ、参拝者も多いです。寺宝には不動・愛染(絹本)・妙見尊の画像などがあります。
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- 金沢
- 高源院
- 【曹洞宗】開山の春尭和尚が初代利家の息女・福姫の縁類となったことを感謝して寛永18年(1641)、大豆田に建立しました。福姫の戒名より高源院と称しました。万治2年(1659)当地に移転。金沢西国29番の霊所です。毎年7月1日には「一ツ灸」が執行されます。
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- 金沢
- 慶恩寺
- 【真宗大谷派】延徳3年(1491)の創建と伝えられています。僧慶心は金沢御堂の建立にともない本願寺の命を受け御堂衆を務めました。その後、越中から飛騨を布教し、90才で飛騨白川村加須良に示寂しました。木ノ新保から犀川河原町を経て万治元年(1658)、現在の地に移り…
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- 金沢
- 室生犀星墓
- 野田山墓地の一角に、文豪が静かに眠る墓があります。金沢をこよなく愛した犀星は、今もひっそりと高台から城下町を見守っています。
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- 金沢
- 一閑院
- 【曹洞宗】一閑院は寛永8年(1631)宝円寺五代泰山が、鶴来村に建立、明治5年(1872)、現在地に移転した曹洞宗の名刹です。禅師は戦国大名朝倉義景の第三子で名刹宝円寺の住職を務め、総持寺を大本山に格上げする功績を残し、晩年一閑院に過ごしました。
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- 金沢
- 金石銭五公園
- 銭屋五兵衛の銅像が建っているところから通称銭五公園といいます。以前はこのあたりはすべて松林でしたが、戦後松の木やアカシヤの木が切られて住宅が建てられ広場が造られました。かつてこの地は五兵衛の句碑が建てられており、五兵衛の俳号からとって亀巣台と呼ばれ…
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- 金沢
- 融山院
- 【曹洞宗】元和9年(1623)、丹波国円通寺の住持であった融山泉祝和尚が、加賀藩家老・横山長知の請を受け、八坂で松山寺を建立。その後隠居して結んだ庵が当寺の起こりです。3000坪を有する伽藍となるが、幕末の廃仏毀釈で堂宇は消滅しました。
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- 金沢
- 浄教寺
- 【真宗大谷派】明治2年(1869)12月に寺号の公称が許されました。境内は約500坪で、本堂・庫裡・山門などがあります。毎年、4月24、25日には蓮如忌があり、その折には蓮如画が飾られています。また、加賀友禅作家の談議所栄二の墓などがあります。
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- 金沢
- 広昌寺
- 【曹洞宗】慶安2年(1649)、林道上人が金沢塩屋町に移したが、寛文10年(1670)、加賀藩の命により当地に寺地を賜わりました。毎月一回「秋葉講」などを行っています。画師・福島元興、明治の女子新聞記者・岡田愛子の墓などがあります。
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- 金沢
- 馬坂
- 宝町と天神町を結ぶ坂。昔、小立野と田井村を往復する農夫が使った馬道で、坂の途中には不動尊が鎮座しています。
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- 金沢
- 實相寺
- 【真宗大谷派】安永3年(1774)、真宗東派願楽寺第五世智清の三男・覚円が独立し、後に本願寺より寺号が許可されました。さらに明治13年(1880)、菊田霊明が彦三町に創設した際に寺号公称が許可されました。三味線の祖である越中屋与兵衛の墓があります。
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