能登の寺社仏閣を巡る癒しの旅 | 震災を乗り越えた祈りと再生の物語
古くから信仰を大切にしてきた能登は、多くの人にとって「祈りの場所」でもあります。被災しながらも、人々の心を支え、力強く再建へと歩む寺社を訪ねました。ライターが実際に足を運んで感じた、4つの寺社に宿る「祈りと再生」のストーリーをお届けします。
「羽咋市・氣多大社」|塩の神事に宿る“再生への祈り”
能登半島の付け根に位置する羽咋市。ここには、万葉の時代から変わらぬ信仰を集める「氣多大社(けたたいしゃ)」があります。 令和6年の能登半島地震を経て、今こそ訪れてほしい「能登復幸 祈りの旅」をご紹介します。 1300年前の歌人、大伴家持(おおとものやかもち)が歩んだ道のりを辿り、心身を清めてみませんか?
1300年の時を超え、大伴家持と同じ景色を辿る
かつて能登は、大陸との交流の要所として栄えた日本の中心地のひとつだったといわれます。 万葉集の選者として知られる大伴家持も、この地を訪れ数々の歌を残しています。 まずは「千里浜なぎさドライブウェイ」を走り、家持の歌碑を訪れてみましょう。 彼が歩いた砂浜の感触や風の音を想像すると、旅の期待が膨らみますね。 「万葉」という言葉には「永遠」という意味が込められているのだとか。 時代が変わっても変わらない、能登の自然がそこにはあります。
国指定重要文化財の拝殿で、心身を浄化する「塩湯」の祈祷
氣多大社に到着したら、まずは手水舎でお清めを行います。このプランの特別な体験は、神職が塩をまきながら拝殿へ導く「塩祭礼(しおさいれい)」から始まります。能登において塩は、古来より貨幣のような価値を持ち、穢れを払う特別な存在でした。国指定重要文化財の拝殿では祝詞を奏上し、塩湯によって永遠への祈りを捧げます。お祓いを受けた後は、さらに神様に近い「御垣内(みかきうち)」での参拝も。神様に直接声を届けるような、厳かで神秘的なひとときを過ごせるはずです。
感謝の歌とともにいただく、能登の恵み「塩の直会」
祈祷の後は、参集殿にて「直会(なおらい)」をいただきます。直会とは、神様にお供えしたお食事を下げたのちに、共にいただく大切な儀式のこと。ここでは能登の塩をふんだんに使ったお料理が振る舞われます。食前と食後には感謝の歌を詠み、自然の恵みを心ゆくまで味わいましょう。季節ごとに表情を変える境内の景色は、何度訪れても新しい発見があります。「一度きりではなく、報告や感謝を伝えにまた来よう」と、そう思わせてくれる温かさが魅力です。
神職ドライバーが案内する、唯一無二のタクシー旅
「より深く羽咋を知りたい」という方には、特別なタクシーのご利用がおすすめです。 邑知(おうち)タクシーの代表・上田さんは、なんと現役の神職さんでもあるのです! 神職の視点から歴史や文化を語るガイドは、まさにこのプランならではの付加価値。 タクシーでゆかりの地を巡るだけでなく、神社内まで同行してアテンドしてくれます。 「金沢と和倉の中継地点としてスルーされがちな羽咋に、ぜひ足を止めてほしい」 そんな上田さんの熱い思いが詰まった案内は、旅の思い出をより深いものにしてくれます。
能登復興の祈り|氣多大社を起点に、歴史の絆に触れる旅
能登半島地震で多くのお社が苦境に立つ中、比較的ダメージの少なかった羽咋市の氣多大社は、今、能登全体の神社を守る「復興の拠点」となっています。
羽咋市歴史民俗資料館では、企画展「能登復興の祈り」を開催中。この企画は、奥能登・口能登の垣根を越え、5つの神社仏閣が協力し合うことで実現しました。普段はそれぞれの地で大切に守られている至宝が、復興への願いとともに一堂に集います。氣多大社・妙成寺・正覚院(羽咋)、總持寺祖院(輪島)、須須神社(珠洲)の5社寺が手を取り合い、集った至宝は圧巻です。
1300年前から続く祈りの力に触れることは、能登の文化を次世代へ繋ぐ一歩。最近、心が沈みがちな方も、能登の「氣」をチャージしに、羽咋へ出かけてみませんか?
体験プラン詳細・申込について
| 実施場所 | 氣多大社 石川県羽咋市寺家町ク1 |
| アクセス | 七尾線羽咋駅より路線バスで10分 |
| 設定期間 | 2025年10月1日~2026年3月31日 |
| 体験プラン詳細 | 1.氣多大社・境内のご案内 2.万葉の時代と氣多大社の歴史紹介 3.氣多の万葉祈願(特別祈願) 4.塩文化と氣多の信仰についての解説 5.御垣内参拝 6.祈願終了 |
| 体験時間 | 約1時間~1時間30分 |
| 最小催行人数 | 2名※最大50名 |
| 料 金 | 10,000円/お一人様(税込) |
| 予約締切 | 7日前 |
| 問い合わせ先 | 氣多大社 三井比以呂 |
| 電話番号 | 0767-22-0602 |
| メールアドレス | info@keta.jp |
「七尾市・青林寺」|和倉御便殿が伝える“歴史の継承”
能登の名湯・和倉温泉に、全国でも極めて珍しい建物があるのをご存知でしょうか。それは、かつて皇族の休憩に使用された「和倉御便殿(ごべんでん)」です。
明治42年(1909年)、のちの大正天皇が和倉を訪れた際に建てられたこの施設。一般的に御便殿は役目を終えると取り壊されますが、ここは「永久に保存すべし」との命により、今も大切に守られています。
今回は、この貴重な遺構をめぐるプレミアムな文化体験をご紹介します。史実に基づいたガイドによる案内とともに、和倉が歩んできた1200年の歴史を紐解いてみませんか。
はじまりは湯元の広場から。温泉情緒と歴史の息吹
ツアーのスタートは、和倉温泉のシンボル「湯元の広場」です。ボランティアガイド団体「はろうななお」のガイドさんが、和倉温泉の成り立ちや「和倉」という名の由来を、優しく教えてくれます。
広場には、こんこんと湧き出る熱い源泉。立ち上る湯気に、温泉街へ来た実感が湧いてきますね。ここでは、持参した卵や近くで購入した卵を使って、天然の塩味の温泉卵作りを楽しむこともできます。
周辺には震災の傷跡が残る場所もありますが、街が一歩ずつ歩みを進めている息吹を感じます。ガイドさんの解説を聞きながら、まずは歩いて3分ほどの「信行寺」へと向かいましょう。
磨き抜かれた廊下と鮮やかな襖絵。信行寺が伝える「おもてなし」
信行寺には、当時の「供奉殿」が移築されています。ここは、皇族に付き添う方々が控えていた場所。一番の見どころは、本殿へと続く長い廊下です。
丹念に磨き上げられた廊下は、鏡のように光を反射し、「うづくり(木目を浮き立たせる技法)」が施された美しい木目が浮かび上がります。その輝きは、訪れる人々を清々しい気持ちにさせてくれるはずです。
さらに、客殿を彩る「だるま商店」の襖絵は必見です。行啓の様子や、そのために小木からわざわざ連れてきたイルカが鮮やかに描かれ、和倉の歴史が凝縮されたような空間が広がります。伝統とモダンが融合した、心躍る景色を楽しめます。
奇跡の建築美。青林寺で出会う四季折々の絶景
続いて訪れる「青林寺」には、皇太子殿下が休憩された「御座所(ござしょ)」が保存されています。柱には木曽檜、天井には栃の木など、最高級の材を用いた意匠は、まさに息を呑む美しさです。
折り上げ格天井(ごうてんじょう)を見上げ、110年以上前のまま虫喰い一つなく美しく残る絹の座布団を眺めていると、当時の格式高い空気が伝わってくるようです。ここは、かつての皇室建築の面影を今に伝える、国内でも唯一無二の場所です。
窓の外に広がる庭園は、SNSでも話題のフォトスポット。新緑、紅葉、雪景色と、四季ごとに表情を変える絶景が楽しめます。静寂の中で庭を眺めていると、時間が経つのを忘れてしまいそうです。
住職・濱田様が語る復興への願い
青林寺の住職、濱田様は震災当時の緊迫した状況を振り返ります。激しい揺れの中、不思議と火災が起きなかったのは、青林寺の外にある石階段脇に立つ「火伏せ地蔵」様が守ってくださったからではないか、と語ります。
震災直後、お寺は避難所となり、この貴重な御座所も支援物資の備蓄場所として活用されました。現在も石垣や階段に傷跡は残りますが、濱田様は「一日も早く元に戻し、多くの方を迎えたい」と前向きな思いを語られています。
現在は安全を考慮し、少人数(10名まで)での受け入れを行っています。一つだった建物が二つに分かれながらも、地域に根付いてきた歴史。それを肌で感じることは、能登の復興を応援する大きな力になるはずです。
体験プラン詳細・申込について
| 実施場所 | 和倉温泉街・信行寺・青林寺 石川県七尾市和倉町2-13-1 |
| アクセス | JR和倉温泉駅より車で約7分 |
| 設定期間 | 通年設定可能 |
| 体験プラン詳細 | 1.和倉御便殿と青林寺の歴史解説 2.御座所(皇太子殿下休憩所)の見学 3.震災後の青林寺と保存への取り組み解説 オプショナルプラン |
| 体験時間 | 約60分 |
| 最小催行人数 | 2名※最大10名 |
| 料 金 | 10,000円/お一人様(税込) 御便殿オリジナルランチコース 別途10,000円程度/お一人様(税込) 人力車体験 別途10,000円程度/お一人様(税込) |
| 予約締切 | 7日前 |
| 問い合わせ先 | 和倉温泉観光協会 毛利 光歩 |
| 電話番号 | 0767-62-1555 |
| メールアドレス | info@wakura.jp |
基本情報
青林寺客殿
住所:〒926-0175 石川県七尾市和倉町レ61
電話番号:0767-62-2836
営業時間:9:00~12:00/13:00~16:00
休業日:毎週木曜日・法要時・お盆・年末年始
拝観料:500円
駐車場:有(普通車10台)
「輪島市・重蔵神社」|地域と共に歩む“再建の祈り”
日本三大朝市の一つとして知られる輪島市。その中心部に鎮座する「重蔵神社(じゅうぞうじんじゃ)」も、2024年の能登半島地震で大きな被害を受けました。現在は、復興の歩みとともに、輪島の真の魅力を伝える特別な文化体験を受け入れています。報道だけでは見えてこない、現地の「今」を肌で感じる旅に出かけてみませんか?
2年間、地域の「灯り」として走り続けた神社の物語
震災直後から、重蔵神社は地域の支援拠点として大きな役割を果たしてきました。独自のルートで物資を調達し、2024年の震災直後から2025年11月までの約2年間、途切れることなく支援活動を継続。能門禰宜さんは「こんなに長引くとは思わなかった」と当時を振り返ります。それは、それだけ現地の状況が深刻で、変化が遅いという現実の裏返しでもあります。
当初は人と物、資金の工面に「どうすればよいか分からず、ただ神様に祈るしかなかった」と言います。しかし、その祈りに応えるかのように、必要なタイミングで物資が届き、支援者の紹介で新たな縁が生まれる……。そんな奇跡のような連鎖が次々と起こりました。
「自分たちだけでは到底できなかった。全国からのご支援に、神様のお導きと深いご縁を感じ、感謝しかありません」という言葉が印象的です。周囲に商店が戻らない中、神社が今も地域の拠り所であり続けられるのは、この「結ばれた縁」を大切にしてきたからこそです。
重蔵神社はこれからも、人と人を、そして心と心を繋ぐ「縁結び」の神社として、私たちを温かく迎えてくれます。
姿を変えた境内と、仮住まいの文化財が語るもの
現在、神社の社務所は解体され、拝殿にもねじれが生じるなどの大きな被害が残っています。見学プランでは、テント内に仮安置された市指定文化財「曳山(ひきやま)」を拝見できます。修繕中に被災し、半年間も野ざらしを余儀なくされた曳山は、復興への苦難のシンボル。紫外線や埃によるダメージは大きいものの、いつか再び輝きを取り戻す日を待っています。ありのままの姿を見学することで、文化を守り抜くことの難しさと尊さに気づかされます。
「輪島塗」だけじゃない!郷土芸能に込められた魂
これからの輪島観光で大切にしたいのは、「輪島の人」を知ってもらうことなのだそうです。朝市や輪島塗といった有名なものだけでなく、地域に根付いた郷土芸能もその一つです。和太鼓や「輪島まだら」、「三夜踊り」など、これらはすべて神社を起点として育まれてきた文化。コロナ禍や震災で発表の場が減り、担い手不足という課題にも直面しています。体験を通じて私たちが興味を持つことが、保存会の皆さんの大きな励みになるはずです!
ガイド精神あふれる禰宜さんと歩む、新しいツアーの形
「これまでの観光は、お客様が自由に来て帰るだけだったかもしれない」
そう語る能門禰宜さんは、これからは、地域の人が自らガイドする「対話」を重視していきたいと考えています。震災を経て、輪島の現状を正しく知ってもらうための「伝え手」の存在が不可欠になりました。現在も厳しい環境下ではありますが、その熱意は変わりません。お客様のニーズに合わせ、聞きたいことに寄り添いながら境内を案内してくれます。地元のプロと被災者が手を取り合う「輪島支援協働センター」の活動も、注目したい取り組みです。
訪れることが支援に。輪島の未来を共に創る旅
重蔵神社の町内では集会場も解体され、人々が集まる場所が不足しています。そんな中でも「今こそ、新しいコンテンツを届けたい」という前向きな姿勢に勇気づけられます。私たちが現地を訪れ、物語を聞き、文化に触れること。それ自体が、輪島の文化を絶やさないための大きな力へとつながっていくはずです。能登の風を感じながら、能門禰宜さんと一緒に輪島の未来を語り合ってみてはいかがでしょうか。
体験プラン詳細・申込について
| 実施場所 | 重蔵神社境内 石川県輪島市河井町わいち4部65 |
| アクセス | のと里山空港から30分、道の駅輪島(ふらっと訪夢)から5分 |
| 設定期間 | 2026年4月1日~9月30日 |
| 体験プラン詳細 | 1.重蔵神社と輪島の歴史・文化解説 2.春祭りで使用される総輪島塗の曳山 特別公開 3.漆壁画「鳳凰図」の鑑賞 4.震災被災箇所の見学と当時の状況解説 5.神社と防災・地域支援の取り組み紹介 6.参拝後、記念として御守1体を進呈 |
| 体験時間 | 約60分 |
| 最小催行人数 | 2名※最大40名 |
| 料 金 | 5,000円/お一人様(税込) |
| 予約締切 | 7日前 |
| 問い合わせ先 | 重蔵神社 能門 亜由子 |
| 電話番号 | 0768-22-0695 |
| メールアドレス | noto@juzo.or.jp |
「穴水町・千手院」|空海の教えを今に伝える“心の修行場”
能登半島地震を経て、今なお震災の傷跡が残る場所。そこには、絶望ではなく未来を見つめる人々の情熱がありました。今回ご紹介するのは、穴水町曽良(そら)にある「千手院(せんじゅいん)」。
1300年の歴史を持ちながら、一時は廃寺の危機に直面。しかし、震災という大きな困難を乗り越え、現在は「復興ツーリズム」の拠点として、新たな息吹を芽吹かせようとしています。
廃寺の危機から、奇跡の再始動へ
千手院は、10年以上にわたり住職が不在の無住の寺でした。一時は廃止も検討されましたが、地域の宝を守りたいと立ち上がったのが、地元・㈱森本石油代表で、NPO法人チーム能登喰いしん坊代表の森本敬一さんです。
森本さんは、能登に伝わる弘法大師(空海)の伝説を調査し、真言宗の寺院が能登に77か所もあることを発見しました。「これを巡るお遍路があれば、能登の人々の優しさに触れる素晴らしい旅になる」と確信したのです。
同級生の再会が動かした運命
お遍路企画を準備していた矢先、能登半島地震が発生しました。観光どころではない状況の中、森本さんは復旧作業に追われます。しかし、不思議な縁が千手院の未来をつなぎ止めました。
七尾市の寺院で再会したのは、同級生の北原密蓮さん。森本さんの「管理は俺がやる」という力強い言葉に背中を押され、北原さんは2024年9月に住職に就任しました。二人の情熱が、止まっていた時計の針を動かした瞬間です。
復興ツーリズムの拠点として、680人の絆
地震の影響で、千手院の建物は今も大きく傾いています。しかし、高野山から駆けつけた職人の手で、屋根瓦の修繕が進められました。
特筆すべき点として、ここはボランティアの宿泊拠点としても活用されました。延べ680人もの人々がこの場所で寝食を共にし、復興を支えました。まさに、千手院は「復興ツーリズム」を体現する場所となったのです。
住民との対話、そして守り抜いた御本尊
当初、千手院の復活に慎重だった地域の方々。森本さんと北原さんは、何度も足を運び、粘り強く想いを伝え続けました。その誠実な姿勢が実り、2025年12月、ようやく地域全体の同意を得ることができました。
「震災でも御本尊は無事だった。これは残りたいという意思の表れ」と語るお二人。33年に一度の御開帳を、修繕が終わる未来の目標に掲げています。
未来へつなぐ「知恵」と「祈り」
住職の北原さんは、現役の家庭科教師でもあります。震災の経験から「米と水、鍋と火があればご飯が炊ける」と、調理実習を行い、生徒たちに実体験に基づいた授業を行っています。
「地域の財産を守りつつ、革新も大切にしながら、新しい風を吹き込みたい」と語る眼差しは希望に満ちています。千手院が歩み始めた新たな物語。ぜひ現地を訪れ、その空気感と、復興へ向かう力強い鼓動を肌で感じてみてはいかがでしょうか。
※体験プランは現在準備予定
結びに|能登の未来を照らす、再生への歩み
今回の旅で巡った4つの寺社では、形ある建物が傷ついてもなお、揺らぐことのない「祈りの力」と、困難な時こそ手を取り合う「地域のつながり」を強く感じました。
震災という大きな試練を経て、能登の人々は互いを支え合い、伝統文化を次世代へ繋ごうと、しっかり前を向いています。その姿は、訪れる私たちに本当の豊かさと勇気を教えてくれます。
あなたも「祈りの地・能登」で、自分自身を整え、心の安らぎを見つける旅へ出かけてみませんか?