白米千枚田の今を訪ねる|復興へ歩む能登の絶景と、未来へつなぐ人々の思い
能登を代表する絶景、世界農業遺産の「白米千枚田」。2024年の能登半島地震と能登豪雨被害を乗り越え、今も多くの人が棚田を守り続けています。日本海沿いに広がる美しい風景だけではなく、復興に向けた地元の人々の努力を千枚田オーナーでもあるライターが紹介します。
黄金色に輝く白米千枚田|震災後初めて、自分の田んぼでお米が獲れた
「3年ぶりに自分の田んぼでお米が収穫できました」。大阪府和泉市在住の北川健さん(60)、紀子さん(60)ご夫妻は、嬉しそうに話してくれました。白米千枚田で一口オーナーを集めた収穫が行われた2026年9月12日、全国各地から集まったオーナーやその家族のみなさんの顔に笑顔が広がりました。
北川さんご夫妻は、能登半島の海辺にあるコーヒー店を舞台にしたヒューマンドラマ映画「さいはてにて」を見て、能登の自然に魅入られ、2023年から、日本海の荒波に寄り添うように作られた白米千枚田のオーナーになったそうです。2024年1月1日に発生した能登半島地震後も、「何とか復旧の役に立ちたいので、田植え、草刈り、収穫などで年5回も訪れています」。この日は県内外から、家族で来た人、職場の仲間で来た人など、約90人が集まりました。
もともと白米千枚田には、険しい傾斜地に1004枚の棚田が広がっていました。しかし、最大震度7の能登半島地震で、地盤や用水路、あぜ道などが各所で大きな被害を受けました。24年と25年はかろうじて復旧できた田んぼに共同で苗を植えて、みんなで収穫しました。今年はやっと以前のように、オーナーの名前を記した標柱を建て個人のお米が獲れるようになったのです。
手作業で守る急傾斜地の田んぼ|美しい棚田が世界農業遺産に
今や全国的に有名になった白米千枚田ですが、その歴史は古く、江戸時代にはすでに棚田を潤す用水が整備されていました。特に、17世紀の寛永年間に白米付近に谷山用水が整備されてから、本格的に米作りが行われるようになったと伝えられています。急峻な傾斜地ですので、近代においても、大型機械による作業はできず、田植え、草刈り、収穫も基本的に手作業で行います。田んぼを守る地元の方々の苦労は並大抵のことではありません。見事な幾何学模様の棚田は、2001年に文化庁の「国指定名勝」に選ばれ、2011年には、白米千枚田を含む「能登の里山里海」が世界農業遺産に認定され、千枚田はその象徴的な景観の一つとなっています。
5月頃の田植えから、9月頃の稲刈りまで、斜面に稲穂が広がる景色は日本海の能登ブルーと相まって絶景と称されますが、秋から冬にかけての荒涼とした景色もまた趣があります。震災前には、秋から冬にかけてイルミネーションイベント『あぜのきらめき』も行われていました。今はまだ復活していませんが、一歩一歩復興を目指して、歩みを続けています。
地震と豪雨で壊滅的な打撃を受けた白米千枚田|一歩一歩復興目指す
白米千枚田は2024年元日の大地震と9月の豪雨で、2度にわたり壊滅的な打撃を受けました。
元日の地震の時は、傾斜地が崩落し多くの田んぼやあぜ道、水路などが大きく損壊しました。それどころか、輪島市街地や珠洲市などにつながる道路も土砂で埋まり、付近は孤立。千枚田隣の道の駅駐車場には、地震の時に居合わせた観光客も含め、数十人が救助を求めて集まりました。1月4日、ようやく自衛隊のヘリコプターで助けられましたが、とにかく人命優先で千枚田の復旧など考えられる状況ではありませんでした。
「最初は千枚田の復旧を思い描く余裕はありませんでした。周囲には、親族が命を落とされた方や、親戚を頼って金沢や他の市町に避難された方などもおられて、とにかく、みんなで生きていくことしか考えられませんでした」
輪島市から田の管理を委託されている白米千枚田愛耕会代表の白尾友一さんは、当時の心境をこう語ります。
しかし、避難所暮らしが始まり、生活が落ち着いてくると、何とか少しでも田んぼを復活させたいという声が出てきました。3月頃から、千枚田復旧のためのクラウドファンディングも開始。地元に残った愛耕会メンバーを中心に、復旧可能な田んぼの調査が始まり、何とか120枚を共有田んぼとして復活させました。
「何とか平らな場所に田んぼを作り、水も用水を使い、5月に少しだけ田植えができました。奇跡としか言えません」
白尾さんは、こう振り返ります。
9月21日の豪雨は、白米千枚田で稲刈りを終えた後に発生しました。いったん修復した田んぼやあぜ道、水路なども再び大きな被害を受けました。
「心が折れるとはこのことでしたが、なるようにしかならないと、崩れたなりの形で修復していきました」
過酷な自然と向き合う人々の知恵なのです。
「もう一度千枚田を」復興を支える白米千枚田愛耕会
1004枚の棚田からなる白米千枚田。その多くは地元の農家や農業団体などが所有していました。ただ、地域の人口減、高齢化が進み、農家だけでは維持できなくなったため、2006年、地元の有志数人で「白米千枚田愛耕会」を作り、約半数の550枚程度の米作りを引き受けることになりました。会員は現在、約30人です。全国から、自分の標柱を立てた「マイ田んぼ」で農作業に参加するオーナー会員を募りその資金を元手に田んぼの管理をする仕組みです。「マイ田んぼ」を持たないで支援する会員制度もあります。遠くに住むオーナーは田植え、草取り、稲刈りなど年間に数回現地を訪れ、米を収穫します。水管理や草取りなどの毎日の作業ができないので、愛耕会の人たちが管理作業を行います。
しかし、能登半島地震と奥能登豪雨以降は、地元の農家、団体なども家や道具を流され、耕作をやめざるをえませんでした。愛耕会のメンバーの中でも、地元を離れ、金沢などに避難、移住した人たちもいます。こうした存続の危機を乗り越えるため、2025年12月には「一般社団法人白米千枚田愛耕会」が設立され、組織体制の強化が進められました。公的な支援を受けやすくし、担い手を確保しやすくするのが狙いです。これまでは、オーナー以外の人を作業で受け入れることは少なかったのですが、今では、「草取り十字軍」などという名称で多くのボランティアを受け入れています。能登復興に役立つならと、サッカーJリーグのツエーゲン金沢の選手や各地の大学生など、多くの人々が集まるようになりました。
オーナー制度がつないだ復興への力
白米千枚田にマイ田んぼを持つ「オーナー会員」は現在、約480人・団体。震災前は540人だったので、田んぼの復旧と共にかなり以前の人数に近くなってきました。年会費は3万円で、収穫米5キロ、地物野菜の佃煮などをもらうことができます。応募者多数の場合、抽選で決定します。このほか、「企業会員」(会費7万円)や、マイ田んぼを持たず、オーナー作業イベントに参加できる「トラスト会員」(会費1万5千円、収穫米2kgなどの特典あり)もあります。2024年度は震災前に決まっていましたが、震災後はとてもオーナーを募集できる状態でなかったため、25年度は新規募集はなし。26年度は田んぼ480枚を上限として、欠員補充の形で募集しました。
応募方法などは、「公益財団法人白米千枚田景勝保存協議会」の公式サイトで確認できます。
金沢市在住の筆者もそうですが、遠くに住んでいるオーナーは田植え、草取り、稲刈りなど年に数回しか訪れることができないため、主に資金面で支え、その資金をもとに愛耕会などの方々が田んぼの管理を行うという仕組みです。26年9月12日の収穫の時も、坂口茂・輪島市長がオーナーのみなさんに感謝の言葉を伝えていました。愛耕会広報の堂下真紀子さんは「オーナーさんの資金提供がないと、とてもじゃないけど管理の仕事はできません。特に震災後は助かっています」と話しています。
26年5月の田植えの時、震災後、千枚田から消えていたオーナーの名札が2年ぶりに復活しました。輪島市出身の漫画家、永井豪さん(特別名誉会員)らの名前も見えます。こうした郷土や農業遺産に愛着を持つオーナーのみなさんが最果ての絶景を支えているのです。
白米千枚田を守るみなさんに聞く|一年中苦労が続く。でも、新しい情報発信で仲間を広げたい
「米作りと言うと、春の田植えから秋の収穫までと思われがちですが、田んぼの管理は一年中休みなしなんです」
白米千枚田愛耕会広報の堂下真紀子さんは、こう話します。
実際、米作りのスタートは、前の年の収穫直後から始まります。「稲刈りした後、田んぼに残る根っこを取って、泥をきれいにする。それをやらないと、翌年、田植えができないんですよ。さらに、毎月、水を入れてやる。もちろん、畦も固めてやらないと、田んぼが崩れるんです」
こういう地道な作業を毎日のように続けて、ようやく5月上旬頃の田植えを迎えます。
震災後は用水の流れが変わり、田んぼに水を入れても、すぐに抜けてしまったり、水平にならなかったり、地震で地盤が変わってしまったと感じることがしばしばだそうです。
もちろん、おいしいお米を作るため、日々の雑草取りは欠かせません。
堂下さんは「今年(2026年)はSNSなどで『草取り十字軍』と名付けたボランティアを募集し、多くの方々が来てくれました。愛耕会を法人化して、組織的に動き出した成果と言えるかもしれません」と話します。
ただ、一番の悩みが人手不足という状況は変わりません。愛耕会のメンバーも金沢などに移住した人もいて、コアメンバーは10人前後だからです。「今年から、地域おこし協力隊の若者が専従で来てくれて助かっています。これからも、新しい力をどう呼び込んでいくかが最大の課題です」
愛耕会代表の白尾友一さんは「地元の農家さんや農業団体なども管理ができなくなったので、愛耕会中心に残りの田んぼを復活させるしかない。行政に頼るだけではいけないので、自分たちができることを一生懸命やっていきます」と決意を語ります。
クラウドファンディングやボランティア募集など、様々な取り組みを模索する千枚田愛耕会のみなさんは、棚田作りの知恵を後世に伝えようと、「白米千枚田の教科書づくりプロジェクト」に着手しています。そして、SNSも活用した新しい形での魅力発信、観光復活を目指しています。
【ベストシーズンは春から初秋】
やはり絶景の棚田を見るなら、お米が育っている時期がいいでしょう。青々とした稲や、黄金色の稲穂が垂れた収穫目前の様子が見られる5月から9月前半ぐらいまでが、観光のベストシーズンと思われます。もちろん、厳しい冬の日本海と斜面に並ぶ作物がない棚田を見るのも一興です。
白米千枚田を一望できる絶好の場所にあるのが、「道の駅 千枚田ポケットパーク」です。館内では棚田米をはじめ、能登の里山里海で育まれた特産品を販売。レストランでは、地元産の米や野菜、魚介を使ったメニューを味わうことができ、絶景とともに能登の食の魅力も楽しめます。
基本情報
道の駅 千枚田ポケットパーク
所在地:〒928-0256 石川県輪島市白米町ハ部99-5
お問い合わせ先:株式会社 千枚田
電話番号:0768-34-1004
FAX番号:0768-34-1004
金、土、日、祝の週末のみ営業を再開しております。
営業時間/売店:10:00~15:00 レストラン:11:00~14:00
アクセス(車):金沢からのと里山海道経由で約2時間20分(「のと三井IC」下車)・のと三井ICから約20分
アクセス(公共):金沢駅から輪島特急バス乗車約2時間30分「輪島駅前」下車。路線バス「町野線」に乗り換え約20分、「白米千枚田」下車。
駐車場:自家用車51台、バス5台