松尾芭蕉が歩いた小松市を巡る旅|奥の細道ゆかりの地とモデルコース紹介
『しをらしき名や小松吹く萩薄』
歴史好きでなくとも、一度は耳にしたことがあるであろう松尾芭蕉の『おくのほそ道』。元禄2年、芭蕉46歳のとき、門人・曾良を伴い、江戸から奥州・北陸を巡って古人の詩心に触れる旅に出ました。歌人・能因や西行の足跡をたどり、歌枕や名所旧跡を訪ね歩き、各地の俳人たちと交流を重ねています。
その旅路において、芭蕉は小松の地にも立ち寄りました。冒頭の句は、芭蕉が小松で詠んだ一句であり、このほかにも小松で詠まれた句がいくつも残されています。
この記事では、松尾芭蕉の足跡をたどりながら、彼が詠んだ句に親しみ、小松市の文化や風情を味わえる観光コースをご紹介します。
松尾芭蕉と「奥の細道」|なぜ小松市がゆかりの地なのか
元禄2年3月27日(西暦1689年5月16日)に江戸を出発した松尾芭蕉は、7月24日(西暦1689年9月7日)にここ小松の地に立ち寄りました。翌25日には多太神社を参拝し、源平合戦で討ち死にした斎藤別当実盛の遺品である甲冑や、木曽義仲が戦勝を祈願した願文を拝観しました。
その夜、本折日吉神社の神主・藤村伊豆の邸宅で開かれた句会に招かれ、芭蕉はこの席で「しをらしき名や小松吹く萩薄」を披露しています。
当初、小松での滞在は一泊の予定でしたが、26日はあいにくの天候不順のため出発を断念しました。前日の句会で親交を深めた越前屋歓生の邸宅で開かれた句会に出席し、「ぬれて行や人もをかしき雨の萩」を披露します。
翌27日は快晴となり、芭蕉は菟橋(うはし)神社を参拝したのち、山中温泉へと向かいました。その道中、再び多太神社を訪れ、「むざんやな甲の下のきりぎりす」の句を奉納しています。
本来、芭蕉の小松滞在は一泊の予定でした。しかし、山中温泉での湯治滞在中、小松の俳人・塵生から見舞いとして乾しうどんを贈られた芭蕉は、その返書の中で、再び小松に戻ることを約束しています。
この一連の交流から、小松では当時すでに俳諧が盛んであり、芭蕉と地元の俳人たちとの熱意ある親交がうかがえます。
芭蕉ゆかりの句碑マップ|小松市内の巡礼スポットを地図でご紹介
以下の地図では、芭蕉が小松市内で詠んだ句が刻まれた8つの句碑スポットをまとめています。徒歩や車での移動を想定したルートづくりにも応用できますので、実際の散策の際にぜひご活用ください。
- 莵橋神社
- 建聖寺
- 山王宮 本折日吉神社
- 多太神社・多太神社宝物館
- 那谷寺
- 小松天満宮
- 小松大橋
- すわまへ芭蕉公園
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① 菟橋神社(うはしじんじゃ)
芭蕉が小松を立つ前に、祭礼(西瓜祭)が行われると聞きつけ、参拝したとされる神社です。地元では「おすわさん」の愛称で親しまれ、毎年春には北陸三大祭りの一つ「お旅祭り」も催され、多くの人々で賑わいます。
芭蕉が見物した西瓜祭は、秋の例祭にあたるもので、水火(すいか)の神事や盤持ち神事、奉納子供相撲など、さまざまな伝統神事が行われます。
参拝の折、芭蕉はこの地で一句を詠み残しており、その句は現在も境内に建てられた句碑に刻まれています。
『しをらしき名や小松吹く萩薄』
(小松という、かわいらしい名のこの地に、萩やススキを揺らす秋の風が吹いている)
― 松尾芭蕉『おくのほそ道』
小松という地名の響きの美しさと、風に揺れる秋草の情景が重なり、風雅な旅のひとときを伝えてくれる一句です。
②建聖寺(けんしょうじ)
芭蕉とともに旅をした門人・立花北枝は、師の面影を永遠に残そうと、丹精を込めて芭蕉の木像を彫りました。この木像は現在も建聖寺に大切に安置されており、事前に連絡をすれば拝観することも可能です。
また、境内には芭蕉が小松滞在中に詠んだ一句が刻まれた句碑も残されています。
『しをらしき名や小松吹く萩薄』
(小松という、かわいらしい名のこの地に、萩やススキを揺らす秋の風が吹いている)
― 松尾芭蕉『おくのほそ道』
芭蕉の穏やかな感性と、この土地への愛着が感じられる一句です。木像と句碑の両方を通して、芭蕉が見た風景に思いを馳せるひとときを過ごせます。
③本折日吉神社(もとおりひよしじんじゃ)
小松滞在中、芭蕉はこの神社の神主・藤村伊豆の邸宅で開かれた句会に招かれています。その席で詠まれたとされるのが、次の一句です。
『しをらしき名や小松吹く萩薄』
(小松という、かわいらしい名のこの地に、萩やススキを揺らす秋の風が吹いている)
― 松尾芭蕉『おくのほそ道』
町の中心に位置する本折日吉神社は、破風付きの朱塗りの鳥居が印象的で、「山王さん」「日吉さん」の名で地元の人々に親しまれています。
魔除けの神として古くから信仰を集め、もとは府南山に鎮座していましたが、寿永2年の兵火により、現在の本折の地へと遷座されました。
芭蕉が詠んだこの句は、境内に建てられた句碑にも刻まれ、今も旅人や歴史ファンの心を静かに打ちます。
④多太神社
木曽義仲との合戦に敗れ、最期を遂げた平家の武将・斎藤別当実盛。その遺品と伝わる兜(国指定重要文化財)は、今も多太神社に大切に保存されています。
源平合戦から約500年後の元禄2年(1689年)、『おくのほそ道』の旅の途中でこの地を訪れた松尾芭蕉は、実盛の兜を目の当たりにし、次の一句を詠みました。
『むざんやな甲の下のきりぎりす』
(痛ましいことだ、勇ましく散った実盛の名残はもうなく、甲の下ではただコオロギが鳴くだけ)
― 松尾芭蕉『おくのほそ道』
この句には、戦に倒れた武将への哀悼の念と、歴史の儚さを静かに見つめるまなざしが込められています。
境内にはこの句を刻んだ句碑に加え、芭蕉が現地で詠んだとされる草稿句
『あなむざん甲の下のきりぎりす』
も残されており、二つの句碑が芭蕉の詩心の変遷を今に伝えています。
実盛の兜とあわせて、文学と歴史が交差するこの地を歩けば、芭蕉が感じた時の流れと人の想いを、きっと追体験できることでしょう。
⑤那谷寺
那谷寺は、白山信仰の聖地として知られ、奈良時代に泰澄大師が開山しました。平安時代には花山法皇によって中興され、江戸時代には加賀藩三代藩主・前田利常の庇護により再興されました。
本殿や三重塔、鐘楼などは、加賀藩お抱えの名工・山上善右衛門によって手がけられ、いずれも国指定の重要文化財となっています。
元禄2年(1689年)、芭蕉は門人の北枝とともに山中温泉から小松へ戻る道中、この那谷寺を訪れ、静寂な境内の空気に心を打たれ一句を詠みました。
『石山の石より白し秋の風』
(那谷寺の境内にあるたくさんの白石よりも、さらに白く清らかに吹き抜ける秋の風。その風は、あたりに満ちる厳かな空気をより一層際立たせている)
― 松尾芭蕉『おくのほそ道』
岩山と奇岩、豊かな自然に囲まれた那谷寺は、今も芭蕉が詠んだその風景をそのままに残し、訪れる人々に静謐な時間を届けてくれます。
⑥小松天満宮
小松天満宮は、加賀藩三代藩主・前田利常公により明暦3年(1657年)に創建された神社です。小松城の東北に位置し、鬼門鎮護の役割を担う、加賀藩にとって非常に重要な社とされてきました。
元禄2年(1689年)、松尾芭蕉が再び小松を訪れた際に立ち寄った神社でもあります。芭蕉はこの神社に句を奉納したいと強く望みましたが、当時のしがらみや状況により実現することは叶いませんでした。
その後、金沢滞在中に訪れた源意庵で催された句会の席で、芭蕉はこの思いを込めた一句を披露しています。
『あかあかと日はつれなくも秋の風』
(もう秋だというのに、そんなことはお構いなしに太陽の光はあかあかと照りつけてくる。しかし、時折吹く秋風の爽やかさに心が慰められる)
― 松尾芭蕉『おくのほそ道』
強い日差しと秋風との対比から、季節の移ろいや芭蕉の心の揺らぎを感じさせる一句。境内を歩きながら、かつて芭蕉が抱いた思いに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
⑦小松大橋のたもと
小松市街を流れる梯川(かけはしがわ)に架かる小松大橋。そのたもとに、松尾芭蕉が詠んだ一句を刻んだ句碑が静かに佇んでいます。
『ぬれて行や人もをかしき雨の萩』
(雨に濡れる萩の花は風情があり、その花を愛でんと、雨に濡れながらも眺める人の姿もまた風情がある)
― 松尾芭蕉
元禄2年(1689年)の小松滞在中、芭蕉は天候不順のため滞在を延ばすこととなり、その間に開かれた句会でこの句を披露したと伝えられています。
芭蕉のまなざしは、雨に濡れる草花の美しさだけでなく、それを見つめる人の心情にも向けられていました。人と自然がともに調和する一瞬の風景を詠んだ一句は、今も川辺に静かに残り、訪れる人の感性を刺激します。
小松大橋を渡る際は、ぜひ足を止めてこの句碑に目を向けてみてください。雨の日であれば、なお一層その趣を感じられることでしょう。
⑧すわまへ芭蕉公園
菟橋神社から道路を挟んだ向こう側には、「すわまへ芭蕉公園」と呼ばれる小さな公園があります。ここにも、芭蕉が同じく『ぬれて行や人もをかしき雨の萩』を刻んだ句碑が建てられています。
小松大橋の句碑が自然風景の中にあるのに対し、こちらは町なかの静かな憩いの場にあり、より落ち着いた雰囲気の中で句と向き合うことができます。
『ぬれて行や人もをかしき雨の萩』
(雨に濡れていく萩の花も風情があるが、その花を愛でる(あるいは、その姿を眺める)人もまた、なんと趣(おもむき)があることだろうか)
― 松尾芭蕉
2つの場所に同じ句碑が建てられているのは、それだけこの句が小松の人々に愛され、残したい風景として大切にされてきた証でもあります。
旅の途中でふと足を止めて、芭蕉が感じた雨と風情を、そっと味わってみてはいかがでしょうか。
芭蕉の足跡をたどる文学散歩
ここでは、小松駅から徒歩で巡ることができる、芭蕉句碑めぐりのおすすめコースをご紹介します。今回は、小松観光ボランティアガイドの会「ようこそ」様が発行するパンフレットで紹介されているおすすめコースに沿って散策しました。
小松駅からスタート
小松駅西口からまっすぐ進んだ先にある横断歩道を渡り、れんが花道通りに入ります。横断歩道を渡った先の道には、小松市のご当地キャラクター「カブッキー」と、サンリオのキャラクター「ポムポムプリン」が描かれた案内図が設置されており、進む方向を示してくれるため、迷う心配もありません。
余談になりますが、ポムポムプリンの担当デザイナーの出身地が小松市であるご縁から、市内ではポムポムプリンとのコラボ食品やフォトスポットなども人気を集めています。
周辺の街並みには、昔ながらの商店街や各所に寺院が点在し、趣深い雰囲気を楽しむことができます。金沢などと比べると人の賑わいも控えめで、日々の喧騒から離れ、景観に没頭しながら、静かな観光を味わえるエリアです。
菟橋神社
小松駅から15分ほど歩くと、最初の目的地である「菟橋神社」に到着します。
菟橋神社は、創建が慶雲元年(702年)またはそれ以前とも伝えられる、由緒ある神社です。本社には菟橋大神と諏訪大神をお祀りし、境内社にも数々の御祭神が祀られています。
社名の「菟橋」は菟橋郷に由来し、「菟」は「兔」「兎」「得」とも書かれることから、うさぎと縁の深い神社として知られています。神と人、人と人、仕事の縁、学びの縁など、さまざまなご縁を結ぶ「むすびうさぎ」は、多くの人々に親しまれています。
芭蕉が菟橋神社を参詣したことは、『曾良随行日記』に「七月二十七日快晴、所ノ諏訪宮祭ノ由聞テ詣」と記されており、その際に詠まれた句の句碑が、神社に入ってすぐ右手側の木陰に置かれています。
現在も、七五三詣りやランドセルお祓い式、結婚式などが行われ、地元の人々の人生に寄り添う神社として親しまれています。句碑を見に訪れた際には、ぜひあわせて参拝してみてはいかがでしょうか。
基本情報
菟橋神社
【所在地】〒923-0907 石川県小松市浜田町イ233
【電話】0761-24-2311
【営業時間】
祈願 9:00~17:00(時間外にも対応します)
授与 9:00~18:00(おふだ・おまもり・御朱印ほか、諏訪会館にて)
【休業日】無休
【駐車場】70台
建聖寺
菟橋神社を出発し、安斎橋を渡ってまっすぐ進むと、住宅街の一角にひっそりと佇む寺院「建聖寺」があります。
約500年の歴史をもつ建聖寺は、芭蕉が小松を訪れた際に宿泊したと伝えられる寺です。境内には、蕉門十哲の一人・立花北枝が師の面影を永遠に残そうと彫り上げた、座像の芭蕉木像が大切に安置されています。
柔らかな表情の中に凛とした気配を宿す芭蕉木像は、細部まで丁寧に彫られており、短期間で制作されたとは思えない完成度です。座高約18cmと小ぶりながら、仏壇の前に静かに鎮座する姿からは、確かな存在感が感じられます。木像の背面には「元禄みのとし 北枝謹で作之」と刻まれ、北枝自らの作であることが伝わります。
また、芭蕉の句碑は山門をくぐって右手側、大きな杏の木の木陰に建てられています。
堂内に漂う線香の香りや荘厳な仏壇、奥に安置された地蔵尊が、訪れる人の心を静かに整えてくれる建聖寺。通常は一般公開されていないため、訪問の際は事前連絡が必要ですが、小松を訪れた際にはぜひ立ち寄りたい芭蕉ゆかりの寺院です。
基本情報
永龍山 建聖寺
【所在地】〒923-0932 石川県小松市寺町94
【電話】0761-21-3170
【備考】予約必須
本折日吉神社
建聖寺を出て、ひたすらまっすぐに歩くこと約10分。「本折日吉神社」に到着します。
本折日吉神社では、神使いである「神猿(まさる)」をお祀りしています。「まさる」は「魔が去る」「勝る」に通じることから、厄除けや災難除け、開運必勝のご利益で篤い信仰を集めてきました。また、「猿」は「えん(縁)」とも読まれることから、良縁成就や商売繁盛、子授けなどのご利益もあるとされています。
境内を歩くと、御幣を持った猿像をはじめ、親子猿や、「見ざる・聞かざる・言わざる」でおなじみの三猿など、至るところでさまざまな猿の姿を見ることができます。
芭蕉の句碑は、拝殿横の奥まった一角に建てられています。碑文には、芭蕉が小松を訪れた際、小松山王神主・藤村伊豆守らが催した山王句会に参加したことが記されています。
「魔が去り、万福を授けてくれる」とされる神猿に願いを託せば、肩の荷がすっと下り、道が開けていくような気持ちになるかもしれません。何か大きなことに立ち向かうときや、新たな一歩を踏み出す門出の際に、背中を押してもらいたい場所です。
多太神社
本折日吉神社を出て、歩くこと約10分。この旅最後の目的地である「多太神社」にたどり着きます。
多太神社は、武烈天皇5年(503年)に創建されたと伝えられ、約1500年以上の歴史をもつ、この地域でも最古級の神社です。寛弘5年(1008年)には「多太八幡宮」と称され、源氏の守り神として、戦勝祈願の場としても篤く信仰されてきました。
寿永2年(1183年)の倶利伽羅峠の合戦で、平家方の武将として勇戦し討ち死にした斎藤別当実盛は、源氏方の将・木曽義仲が幼少期に命を救われた恩人でもあります。戦後、その事実を知った義仲は、実盛への弔いの意を込め、甲冑を多太神社に奉納したと伝えられています。
そして、この甲冑を目にして芭蕉が詠んだ一句が、句碑として境内に残されています。境内中央に建つ「あなむざん 甲の下のきりぎりす」と刻まれた句碑は、芭蕉本人の直筆と伝えられています。
『おくのほそ道』に収められている「むざんやな 甲の下のきりぎりす」は、芭蕉が小松を発った後の旅の途中で推敲を重ね、原句の「あなむざん」から表現を改めたものとされています。
そのため、多太神社の境内には、芭蕉直筆とされる草稿句「あなむざん 甲の下のきりぎりす」と、推敲後の完成句「むざんやな 甲の下のきりぎりす」という、二つの句碑が建てられています。
そして宝物館では、松尾芭蕉も目にしたとされる斎藤別当実盛の甲冑をはじめ、実盛にゆかりのある貴重な品々を見学することができます。
館内に入ると、まずショーケースに収められた、ひときわ輝く兜が目に入ります。こちらは、1000年以上前に実盛が着用していた兜をもとに制作されたレプリカで、細部の文様に至るまで忠実に再現されています。
実際に実盛が使用したと伝わる兜は、レプリカの奥にあるショーケースで厳重に保管されており、光による劣化を防ぐため、普段はブラインドが下ろされています。目の前で静かに上がるブラインドは、まさに秘宝が姿を現すかのような演出です。
レプリカと見比べることで、幾多の戦を経て現代に伝えられてきた本物ならではの重みと、長い歴史の積み重ねをより深く感じることができます。
兜とともに、肩まわりの武装である大袖や脛当ても展示されていますが、ここには少しおもしろい逸話があります。
芭蕉とともに実盛の甲冑を拝観し、句を残した門人・北枝は、
「くさずりのうち珍しや秋の風」
という一句を詠みました。この句に使われている「くさずり」とは、本来、腰まわりを守る甲冑の部位を指しますが、北枝は大袖を草摺と勘違いして詠んだと伝えられています。
そのほかにも、甲冑が奉納された際に記された寄進状や、実盛の亡霊を供養するための位牌などを見ることができ、見学の際には「實盛之兜保存会」の会長が、さまざまな逸話を交えながら丁寧に解説してくださいます。
一つの物語の背後にある複雑な事情や歴史の積み重ねに触れることで、あらためて歴史の奥深さを感じさせられました。多太神社を参拝される際には、ぜひあわせて立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
基本情報
多太神社
【所在地】〒923-0955 小松市上本折町72番地
【電話】0761-22-5678
【駐車場】あり
【備考】宝物館の拝観には事前の電話連絡と拝観料が必要となりますので、あらかじめご注意ください。
道中で味わいたい!小松名物「小松うどん」
『おくのほそ道』の道中、小松の俳人・塵生は、小松に立ち寄ってくれたお礼として、芭蕉に乾うどん二箱を贈りました。その際に芭蕉がしたためた返書からは、小松うどんをたいへん喜んで受け取った様子がうかがえます。「小松うどん」は、江戸時代から300年以上の時を重ねてきた、小松の名物です。
石川県内で大衆的なうどん店が開業したのも小松市が始まりだといわれており、2010年には小松市制70周年を機に、「小松うどん」を地域ブランドとして発信する取り組みがスタートしました。歴史を守りながらも定義を厳しく縛らない「小松うどん定義八か条」が定められ、現在、小松市内外あわせて約70店舗が加盟しています。
今回は、「小松駅から徒歩で巡れる芭蕉句碑めぐりおすすめコース」の締めにぴったりな、駅前で小松うどんが楽しめるお店「小松うどん道場 つるっと」をご紹介します。
小松駅西口を出て右手にまっすぐ進んですぐの場所にあり、地元の人から観光客まで、連日多くの人に親しまれています。店内の座席数は、フロアに26席、別室に24席の計約50席。お昼時は混み合うことが多いため、比較的落ち着いて食事を楽しみたい場合は、お昼過ぎの時間帯がおすすめです。
また、テラス席も数席用意されており、ペット同伴で食事ができる点も嬉しいポイントです。
店内は、オレンジ色の照明に木の床やテーブル、白い壁が調和した、柔らかく温かな雰囲気。壁には「小松うどん定義八か条」や「松尾芭蕉と小松うどんの関わり」などが紹介されており、旅の締めくくりにふさわしく、最後まで芭蕉の面影を感じながら食事を楽しむことができます。
小松うどんには「定義八か条」がありますが、ルールはそこまで厳格ではないため、同じ小松うどんでも店舗ごとに異なる味わいを楽しむことができます。
なかでも「小松うどん道場 つるっと」は、出汁に強いこだわりを持ち、自信をもって提供している一軒です。食材にも地元産を積極的に取り入れており、特に加賀丸いもを使用したうどんは珍しく、ここでしか味わえない一品となっています。
麺は、生麺・茹で麺・乾麺の3種類から選ぶことができ、この店舗では生麺を使用しています。一般的な太くてコシの強いうどんとは異なり、細めでやわらかな食感が特徴。関西風のやや濃いめの出汁とよく合い、最後まで心地よく味わえる一杯です。
一番の人気メニューは、国産牛を使用した肉うどんです。加賀丸いもを使った丸芋磯辺揚げうどんや、とろろうどんなども人気メニューのひとつとなっています。
加賀丸いもは、粘り気が非常に強く、もちもちとした食感が特徴のやまと芋で、石川県を代表する高級食材です。県外から訪れた方には、ぜひ一度味わってほしい一品といえるでしょう。
加賀丸いもの磯辺揚げに添えられる野菜の天ぷらは、季節ごとに旬の食材が使われており、こめ油で揚げることで、軽やかでパリッとした仕上がりになります。5月から6月にかけては、自然豊かな小松ならではの山菜の天ぷらが楽しめるため、特におすすめです。今回いただいた天ぷらには、錦糸玉子、えのき、人参、赤ピーマン、ブロッコリーなどが使われていました。
中でも、ブロッコリーの天ぷらは珍しく印象的で、普段食べるものよりも甘みが引き立ち、とてもおいしく感じられました。
やさしい味わいの小松うどんは、一日中歩いて疲れた身体にやさしく染み渡り、旅の終わりに心地よい癒しを与えてくれます。芭蕉を巡る旅の締めくくりに、芭蕉も味わったであろう小松うどんを、ぜひ堪能してみてください。
基本情報
小松うどん道場 つるっと
【住所】〒923-0921 石川県小松市土居原町13-18
【電話】0761-23-2217
【営業時間】10:30~15:00
【定休日】月曜日・木曜日
他にも小松うどんが味わえるお店5選!
- 味の中石食品 めん塾
- 本店
【住所】小松市日末町い78番地
【電話】0761-44-8484
【営業時間】平日11:00~14:00 土・日・祝11:00~15:00
【定休日】年末年始(12/31~1/2)
【駐車場】25
空港店
【住所】小松市浮柳町小松空港2F
【営業時間】9:00~18:45
【定休日】火曜日
【駐車場】あり -
公式サイト
- 中佐中店
- 城南店
【住所】小松市城南町119番地
【電話】0761-21-7533
【営業時間】11:00~20:00
【定休日】木曜日
【駐車場】35台
空港店
【住所】石川県小松市浮柳町小松空港2F
【電話】0761-21-7534
【営業時間】7:00~19:35
【定休日】元日
【駐車場】あり -
公式サイト
- ほたや
- 【住所】小松市有明町21
【電話】0761-22-6342
【営業時間】11:30~15:00
【定休日】月曜日
【駐車場】15 -
- 小松お多福
- 【住所】小松市矢崎町ナ151番地
【電話】0761-43-1522
【営業時間】11:00~23:00(日曜日のみ11:00~22:00)
【定休日】水曜日
【駐車場】18 -
公式サイト
- 日本料理 梶助
- 【住所】小松市大和町141
【電話】0761-22-8314
【営業時間】11:30~13:30/17:00~22:00
【定休日】不定休
【駐車場】10 -
公式サイト
もうひと足のばして訪れたい芭蕉ゆかりの名所
小松駅から徒歩で向かうのは少し難しいものの、バスや車を利用すれば訪れることができる、ぜひ立ち寄っておきたい芭蕉ゆかりの地をご紹介します。
・那谷寺(なたでら)
高野山真言宗の寺院である那谷寺は、国指定名勝にも指定されている名刹です。そそり立つ奇岩霊石にいくつもの窟(いわや)が開口する、自然が織りなす造形美が広がります。
『おくのほそ道』の中で芭蕉はこの地を「殊勝の土地也」と記し、那谷寺の境内に吹き抜ける秋風を感じながら、
『石山の石より白し秋の風』
と詠みました。境内にはこの句を刻んだ句碑も建てられており、芭蕉が感じた風景を今に伝えています。訪れた際には、ぜひあわせてご覧ください。
アクセス:
① 小松駅よりIRいしかわ鉄道福井方面行に乗車 → 粟津駅下車
粟津駅前停留所より北鉄加賀バス粟津線(那谷寺行)に乗車 → 「那谷寺」下車
② 小松駅より北鉄加賀バス粟津線(粟津・那谷寺方面行)に乗車 → 「那谷寺」下車
③ タクシーで約30分
・小松天満宮(こまつてんまんぐう)
小松天満宮は、1657年(明暦3年)、小松に隠居していた加賀藩三代藩主・前田利常公によって創建されました。小松城と金沢城を結ぶ一直線上に位置し、鬼門および裏鬼門とされる不吉な方角を鎮める守り神として造営された、加賀藩にとって重要な神社です。
境内には、芭蕉が金沢を訪れた際、源意庵で披露したとされる一句、
『あかあかと日はつれなくも秋の風』
を刻んだ句碑が建てられています。強い日差しと秋風の対比が印象的なこの句からは、芭蕉の繊細な感性が伝わってきます。
アクセス:
① 小松駅より北鉄加賀バス寺井線、または市内循環線北コースに乗車 → 「大川町」下車 → 徒歩約5分
② 小松駅から徒歩約25分
③ タクシーで約6分
まとめ
いかがでしたか。ここまで、小松市に残る松尾芭蕉の足跡をたどってきました。
実は私自身、この記事を制作するまで、小松市が松尾芭蕉ゆかりの地であることを知りませんでしたが、取材を進めるうちに、すっかり歴史文学散歩の魅力に引き込まれてしまいました。
芭蕉の足跡を巡りながら、各神社の創建にまつわる物語や、北陸で繰り広げられた戦の逸話に触れることで、ここ小松市で積み重ねられてきた歴史の奥深さを、あらためて実感することができました。
静かで落ち着いた旅を楽しみたい方は、ぜひこの小松の地で、芭蕉にならうようにゆっくりと町を歩きながら、歴史や文化に思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。