絵画で巡る能登|長谷川等伯、羽根万象、原田泰治と現地を重ね合わせる旅
能登半島を描く画家として、歴史的には七尾生まれの絵師・長谷川等伯が挙げられますが、現代では能登町ご出身の羽根万象氏、県外では長野県ご出身の画家・原田泰治氏などが能登を題材とした作品を制作しています。
そんな能登の地が描かれた作品を鑑賞しながら、実際に能登を訪れ、その景色や現代の空気感に触れる旅を記事にしたいと思います。
長谷川等伯|ふるさと七尾の心象風景を描いた「松林図屏風」
長谷川等伯(1539–1610)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍した絵師です。能登国・七尾の生まれで、20代には絵仏師として能登で活動し、その後、京都へ移りました。後に国宝となる「松林図屏風」を制作したことでも知られています。
松林図屏風(しょうりんずびょうぶ)
長谷川等伯の代表作。国宝で、普段は東京国立博物館に所蔵されています。等伯はこの作品で、日本の湿った大気を感じさせる墨一色の松林を生み出しました。日本の水墨画の最高峰とも言われています。
描かれている松林だけではなく、周りの見えない冷たい空気や光も感じられる作品です。
※画像は七尾美術館HPより
国宝「松林図屏風」が描かれたのはどこの松?
この作品が描かれたのは、等伯が50代であった16世紀後半とされています。六曲一双の屏風で、日本水墨画の名品のひとつに数えられます。爽やかな朝霧の中に静かに立ち並ぶ松林の姿を、濃淡の美しい墨使いで詩情豊かに描いています。
この松林がどこをモデルにしているかは定かではありませんが、等伯が生まれ育った能登・七尾の原風景に想いを寄せた心象風景だとも言われています。
長谷川等伯ゆかりの地に触れて
長谷川等伯が若き日を過ごした七尾。国宝「松林図屏風」の心象風景とも言われるこの街に想いを馳せながら、訪ねてみたいと思います。
石川県・金沢駅から電車で約90分(車でも約70分)。JR七尾駅に降り立つと、長谷川等伯ゆかりの地であることを感じさせる「青雲の像」や垂れ幕が迎えてくれます。駅構内の観光案内所側には、没後400年を記念して誕生したキャラクター「とうはくん」もお出迎えしてくれます。(かつては「七尾とうはくん号」も運行されていました。)
七尾駅から徒歩圏内にある「長谷川等伯 青雲の像」。
青雲の志を抱き、京都へ旅立つ等伯の姿をイメージして、七尾出身の彫刻家・田中太郎氏によって制作されました。七尾の玄関口を象徴するシンボル的な存在です。
歴史ある商店街 一本杉通り
七尾駅から一本杉通りへ。七尾の街をぶらりと歩きながら、「松林図屏風」を味覚や嗅覚でも楽しめるスポットを訪ねました。この一本杉通りは、町家建築が並ぶ600年の歴史をもつ情緒ある商店街です。2024年に能登地方を襲った大地震では甚大な被害を受け、今もなお復興の途上にありますが、そんな中でも創業百余年の老舗「お菓子処 花月」と「高澤ろうそく店」は営業を続けており、今回はその2店舗にお邪魔させていただきました。
お菓子処花月
ここ七尾の一本杉通りにある「お菓子処 花月」は、明治29年創業の百有余年続く老舗の和菓子店です。代表銘菓には、天皇皇后両陛下に献上された「袖ヶ濱」をはじめ、「松林」や「でか山まんじゅう」などがあります。
今回ご紹介するのは、国宝「松林図屏風」をイメージして作られた銘菓「松林」。50年以上前から作られているという和菓子で、最上質の丹波大納言と厳選された寒天によって松林の世界が表現されています。上品で深みのある味わいが楽しめる一品です。
高澤ろうそく店
「生の明かりを楽しんでいただきたい」。その言葉が印象的だった、七尾和ろうそくを取り扱う明治25年創業の老舗ろうそく店。オーソドックスな和ろうそくのほか、菜の花やお米(米ぬか油)を主原料にしたもの、九州産のハゼロウを使用した「和ろうそく一本杉」など、さまざまな種類の和ろうそくを選ぶことができます。
今回ご紹介する「ろうそく等伯」は、「松林図屏風」に描かれた七尾の海岸に続く松林をイメージし、等伯が生きた時代の製法で作られたものです。力強い炎が生み出す、濃密で静かな時間を楽しめます。また「等伯香」は、等伯が少年時代に見た七尾の海辺の松林を吹き抜ける風──その心象風景を表現したお香です。
「松林図屏風」にちなんだ商品とともに、視覚や嗅覚を通して等伯の世界に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。
等伯が想いを馳せた七尾の心象風景
一本杉通りからさらに足を延ばして徒歩5分。七尾港に隣接する道の駅「能登食祭市場」には、新鮮な能登の食材を楽しめるレストランやイベント会場があり、能登の魅力を満喫できる憩いの場となっています。また、そのお隣にある七尾マリンパーク内には、七尾駅前の「青雲像」をモチーフに建立された等伯像があります。
基本情報
能登食祭市場
住所:石川県七尾市府中町員外13-1
電話番号:0767-52-7071
営業時間:平日9:00〜17:00/土日祝日9:00〜17:00(グルメ館は店舗により異なります)
定休日:火曜日(祝日の場合は営業)・元日(1月1日)
駐車場:あり
等伯ゆかりの地を巡る最後の場所は、七尾の街や七尾湾を見渡せる七尾城址です。こちらも地震の被害があり、一部区域は立ち入り禁止となっていますが、城山展望台など車で行くことのできる場所はいくつか残っています。
国宝「松林図屏風」は、故郷・七尾の原風景を描いたもので、50歳を迎えた等伯が度重なる悲しみを乗り越えようとする気持ちを、無心に描き込んだ作品であると想像できます。この能登の海や七尾の地は、かつて青雲の志を抱いた等伯の若き日を象徴する場所でもあったことでしょう。最後に訪れた城址から、美しい七尾の街並みと七尾湾を一望し、その想いに少し触れることができたように思います。
こちらの記事もぜひご覧ください!
羽根万象|ふるさと能登の海を描いた「能登の海 田ノ浦」
羽根万象(1919–2007)は、石川県能登町出身の日本画家です。自然や建築物を題材とした風景画を多く手がけ、とりわけ美人画に定評があり、日展などで多数入選を果たしています。
彼は神奈川を拠点に活動していたこともあり、能登を描いた作品を探すのは取材の中でも難しかったのですが、今回その中で唯一、生まれ故郷の能登を描いた作品に出会うことができました。
羽根万象作「能登の海 田ノ浦」で描かれた能登の海の風景
のと里山海道を能登空港インターで降り、穴水町から能登町へ向かいます。作品が描かれている場所は、田ノ浦海岸沿いの宇出津と羽根の境に位置し、弁天島があるエリアです。このあとご紹介する羽根万象美術館がある遠島山公園を背景に、能登の海とともに描かれています。
ここは能登の中でも特に穏やかな海が広がる癒やしのドライブコース。天気の良い日には、海を眺めながらのんびりと過ごしてみてはいかがでしょうか。
※この場所には駐車場がありませんので、お車で向かう際はご注意ください。
遠島山公園で自然と芸術を楽しむ
弁天島から来た道を戻り、遠島山公園へ向かいます。
この公園は、穏やかな内浦の海に突き出た岬一帯が整備された自然公園で、遊歩道や広場などが点在しています。海風を感じながら散策でき、四季折々の景色を楽しめる癒やしのスポットです。
公園内には羽根万象美術館もあり、散策とあわせて立ち寄ることができるのも魅力です。
羽根万象美術館(能登町立美術館)
平成元年(1989年)、羽根万象氏が寄贈した作品群(135点)を記念し開館した美術館です。
館内には代表作の展示のほか、スケッチや制作過程がわかる資料、実際に使用していた画材なども公開されています。
また、2階には能登の海を眺めながらゆっくり休めるスペースもあり、作品鑑賞とともに静かな時間を過ごせる場所となっています。
基本情報
羽根万象美術館
住所:石川県鳳珠郡能登町字宇出津イ字112-5 遠島山公園内
電話番号:0768-62-3669
営業時間:9:00〜17:00(入館は16:30分まで)
定休日:月曜日、年末年始
入館料:大人330円、小中高校生160円、20人以上の団体大人220円、小中高校生110円
駐車場:あり
自然公園を散策(潮騒の小径-しらさぎ橋)
美術館で芸術鑑賞を楽しんだあとは、自然公園を散策しました。海に突き出た岬一帯に広がるこの自然公園は、かつての棚木城跡に整備されたものです。潮騒の小径を歩けば能登内浦の海岸を一望でき、晴れた日には立山連峰を望むこともできます。
また、この公園は「石川の森林50選」にも選ばれており、高く立ち並ぶ老松が見事です。春には約200本のソメイヨシノやヤマザクラが咲き誇り、町民の憩いの場として親しまれています。
奥能登の穴場としてぜひおすすめしたいのが、能登で唯一の吊り橋「しらさぎ橋」(幅1.5m、全長67m)。ここからの景色は格別で、入り江にある舟隠しを眺めることもできます。
自然と文化が調和した遠島山公園。近くの弁天島とあわせて、能登を訪れた際にはぜひ立ち寄ってみてください。
基本情報
遠島山公園
住所:石川県鳳珠郡能登町字宇出津イ112-1
電話番号:0768-62-3669
営業時間:9:00〜17:00
定休日:なし
(町立郷土館などは毎週木曜日、年末年始)
駐車場:あり
原田泰治|能登に訪れ描いた「小さな郵便局」
原田泰治(1940–2022)は、長野県諏訪市出身の日本画家です。日本の美しい風景を、素朴で温かみのあるタッチで描いた作品が特徴です。日本全国を巡り、失われつつある日本の原風景を描き続け、その作風は大きな話題を呼びました。出身地の諏訪市には、原田氏の作品を展示する原田泰治美術館があります。
レトロ郵便局の聖地
国道249号線を能登内浦海岸沿いに宇出津方面へ車を走らせると、木造のレトロな郵便局が見えてきます。ここ三波簡易郵便局は、昭和16年に特定郵便局として設置され、平成2年からは同じ局舎を使い簡易郵便局として再設置されました。2024年の能登半島地震の影響で一時休止していた時期もありましたが、現在も現役で、地元の方や観光客から愛され続けている郵便局です。
原田泰治作「小さな郵便局」で描かれた局舎
この郵便局が一躍注目されたのは、2013年に日本郵政のCMに採用されたこと、そして2008年に原田泰治氏がこの局舎を描いた作品を発表し、後に「ふるさと切手(ふるさと心の風景 第4集)」として発行されたことでした。
現在では、この作品を元にデザインされた局舎が「ふるさと印」に使用されており、スタンプラリーの一環として訪れる観光客も多いそうです。
木造の局舎と能登の海をのんびりと眺めながら過ごす時間は、まるでタイムスリップしたかのような気分になります。作品の中で局舎の背後に描かれている丘の上の桜は、能登町立三波小学校のもので、現在は廃校となっていますが、今でも春には美しい桜が咲き誇るそうです。
作品と同じ春の季節に訪れると、より一層風情を感じられることでしょう。
※駐車場は道路向かいにありますが、交通量の多い道ですので横断の際は十分にご注意ください。
基本情報
三波簡易郵便局
住所:石川県鳳珠郡能登町波並20-62
電話番号:0768-62-3158
営業時間:9:00〜16:00
定休日:土・日
まとめ
この素敵な能登の風景を描いた作品は、どれほどあるのだろう──。そんな思いから始まった「絵画で巡る能登の旅」。
能登を代表する画家には、長谷川等伯や羽根万象、そして県外出身の原田泰治氏などがいます。今回紹介した作品以外にも、まだ多くの“能登の絵”があるはずです。
里山里海が育んだ能登の景観は、世界農業遺産にも選ばれるほど豊かで魅力的です。絵画を手がかりに、残したい能登の風景を訪ねてみてはいかがでしょうか。
遠島山公園や三波簡易郵便局からさらに海岸線を進めば、九十九湾や恋路海岸など、絵のような景色が続きます。晴れた日は、能登の海を感じながら巡るドライブもおすすめです。
また、「今行ける能登」という特設ページでは、能登地域で現在訪問可能な施設やイベント情報を随時更新中です。
皆様に能登の観光地にお越しいただくことが、被災地の早期復興につながります。ぜひチェックしてみてください。