いしかわの菓子「歳時記」 Vol2 石川の四季折々の菓子

いしかわの菓子「歳時記」 Vol2 石川の四季折々の菓子
いしかわの菓子「歳時記」 Vol2 石川の四季折々の菓子
石川県菓子工業組合理事長 髙木慎司さん

石川県菓子工業組合理事長髙木慎司さん

大正14年創業 菓匠 髙木屋の店主。
「紙ふうせん」は第22回全国菓子大博覧会 大臣栄誉賞などを受賞している。金沢で味一筋に歩む和菓子処の店主。

美緑トモハルさん

美緑トモハルさん

石川県白山市出身の女優。舞台の他にもダンスの振り付け師、CMのナレーションなど様々なジャンルで活躍している。

いしかわの菓子「歳時記」vol.2ではVol.1に引き続き 、ゲストに石川県菓子工業組合理事長の髙木さん、聞き手に
美緑トモハルさんをお迎えして、石川のお菓子事情について対談形式でお話をお伺いしていきます。

石川の四季折々の菓子

美緑 トモハル(以下、美緑) :前回のコラムでは、石川・金沢の和菓子の歴史的な背景についてお話しを伺いましたが、今回は、その菓子がどのように、一般庶民の生活に浸透していったのかということを、お聞きしたいと思います。

髙木理事長(以下、髙木) :そうですね、庶民にも菓子が浸透していった要因は、真宗王国といわれる信仰心の厚い土地柄が挙げられるのではないかと思います。 石川、金沢では昔から報恩講の際には落雁や餅、饅頭、最中が盛大に供えられ、仏事の後に参加者に分け与えられるので、門徒の楽しみともなっていました。 ほかにも法事や僧侶の月参りなどの行事にも和菓子は必需品であったことから、一般に広く浸透していったといわれています。 ※ 仏教各宗派で毎年宗祖への報恩のために営む法会(引用:デジタル大辞泉)

美緑 :そうですね。私も小さい頃から、「お寺さん」といえば「お菓子」のイメージがあります!

髙木 :その他の要因としては、縁起ものの菓子や、四季折々の菓子などが多いのも、広く家庭に浸透した理由だと思います。

美緑 :縁起ものの菓子と言うのは?

髙木 :お祝いの際の紅白饅頭はもちろん、安産を願うころころ団子、赤ちゃんの誕生を祝う杵巻きや巾着餅、婚礼の際の五色生菓子など、生活に密着したものが実に多くありますね。

美緑 :確かに、普段でも耳にしたり、実際にいただいたりすることは多いです。では、四季折々の菓子について教えてください。

髙木 :金沢特有の菓子と言えば、お正月には欠かせない「福梅」や「辻占」、「福徳煎餅」があります。
「福梅」は加賀藩前田家の家紋を象った最中で、表皮に上白糖をまぶし、上質の小豆を使用しており、その形からも縁起の良い銘菓としてお正月用の賀客や、一家団らんに、また遠方への贈り物に大変よろこばれています。
「辻占」は、お正月のときだけ食べられる砂糖菓子で、砂糖と餅粉を混ぜ合わせたものを花のように巾着包みにしてあり、真ん中に小さなおみくじが入っています。

美緑 :福梅、辻占は、我が家でもお正月の必需品ですね!このお菓子が店頭に並ぶとぐっとお正月気分になります。
「福徳煎餅」はあまり聞きなれないのですが、どんな菓子なのですか?

髙木 :「福徳煎餅」も、辻占と同じく正月用の和菓子で、「ふっとく」とも呼ばれ、餅種を打出の小槌や鼓の形にして黄色と白色に焼き、中に金花糖(砂糖を固めた菓子)や、土人形を入れてあります。文化6年(1809年)、加賀藩十二代藩主の前田斉広(なりなが)が、祝賀用に作らせたとされています。

美緑 :金沢のお正月はいろいろなお菓子で演出されているのですね。

髙木 :あとは、何と言っても、「氷室饅頭」ですよね。
毎年7月1日(旧暦6月1日)の「氷室開き」の際に食べる饅頭。
加賀藩では、藩政期から冬場に積もった雪を「氷室」と呼ばれる保冷庫に保存し、夏場に取り出し、氷として利用しながら、幕府にも献上していました。 その際に、氷が無事に届くよう、まんじゅうを供えて祈願したことが始まりだといわれています。
今日では、無病息災を願って食するようになり、広く愛されております。

美緑 :氷室饅頭もそうですが、言われないと石川だけの文化だったんだと気付かないものも多いですね。

髙木 :そうですね。石川の和菓子屋さんの頑張りも多くあると思います。
このほかにも、桃の節句の彩り豊かで華やかな「金花糖」や、春の彼岸の「ぼたもち」や秋の彼岸の「おはぎ」など、季節にあわせたお菓子が親しまれています。

美緑 :石川・金沢の四季折々の菓子文化は、気付けば私たちの生活にとても身近なものとなり、自然と根付いていったんだと、改めて実感しました。