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事務局だよりいしかわ旅日和

第1回いしかわ観光特使研修旅行報告~後編~

2013-09-27

さて、前回の続き研修旅行・午後コースです。

金沢市金石での昼食タイムを終了し、再び義仲のゆかりの地を巡ります。

④大野湊神社20130630研修旅行Nicon 163.jpg

 大野湊神社は、加賀藩主前田家の崇敬篤く、大野庄(現在の金沢駅西地区)の総社。
社殿、神器の修築や寄進を受けており、海と湊の安全を守護し、交通安全、厄除け等に御神徳の高い大神様として篤い信仰を集めています。

倶利伽羅合戦の折、敗走した平家が神社の社内20130630研修旅行Nicon 181.jpgに陣取り赤旗を上げたと云われています。

ここでは、『源平盛衰記』を題材にした大絵馬を拝観。
大絵馬は幅が約15メートルで日本一の大きさと言われており、物語形式に描かれています。
左から右へ読み解いていけば、源平の内容が全てわかる!!

20130630研修旅行Nicon 205.jpg⑤多太神社

小松市多太神社へ到着。

多太神社は、遥か昔、武烈天皇5年(503年)の時に創建されたと伝えられている歴史ある神社。

20130630研修旅行Nicon 207.jpg平家の武将・斎藤實盛の兜が奉納されています。
この兜は、国指定重要文化財で、旧国宝でもあったとのこと。

篠原の戦いで實盛を討ち取った義仲は實盛の弔いに着具であった甲冑を多太神社へ奉納した。
實盛公義仲のかつての命の恩人であったことなど、義仲と實盛の因縁のドラマがここにあります。

芭蕉がこの兜を拝観した折に、實盛の兜によせて感慨の句を捧げたました。芭蕉の歌碑が境内にあります。義仲将軍の家臣・樋口次郎兼光が首を検めた時「あなむざん、實盛にて候」と語ったことから来ているそうです。

『むざんやな 甲の下の きりぎりす』(松尾芭蕉)

そして、舞台は實盛の首を洗ったと云われる首洗池・実盛の亡骸を葬ったところと伝えられている実盛塚へ・・・

⑥首洗池・実盛塚(篠原古戦場20130630研修旅行Nicon 244.jpg

篠原古戦場は片山津温泉の北方、加賀三湖の一つ柴山潟と片山津海岸の間一帯です。
この一帯に、首洗池・実盛塚があります。

首洗池は、柴山潟の源平橋のたもとにある公園にあります。

この池で、20130630研修旅行Nicon 235.jpg討ち取った實盛の首を洗ってみると素性を隠す為に染めていた黒髪が白髪にかわり、實盛公であると確かめられたと云われています。

實盛の首を洗い実盛の首を抱えて嘆き悲しむ場面の再現像が建てられており、時空を越えて何かを感じます。

 

20130630研修旅行Nicon 255.jpg

実盛塚は、首洗池から1.4Kmほど離れたところにあります。

實盛の亡骸を葬った墓所と云われています。

老松が大きく枝を広げ、素晴らしい景観を呈していました。

20130630研修旅行Nicon 258.jpg

与謝野晶子が詠んだ歌が併記されています。

北海が盛たる塚にあらずして 
 木曽の冠者がこぢきつる塚』(与謝野晶子)

義仲と實盛の物語に感銘を受けている方がたくさんいるようです。

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さて、石川県の木曽義仲ゆかりの地・源平合戦(倶利伽羅合戦~篠原の戦い)を辿ってきた研修旅行も、「実盛塚」を最後にあっという間に終了となりました。
大変興味深い内容でした。

木曽義仲ゆかりの地は、今回訪れた場所以外にもたくさんあるそうなので、機会を見つけて是非訪れてみたいものです。

ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか。

残念ながら参加いただけなかった方も、このブログをきっかけに、研修旅行に参加いただけるれば光栄です。(第2回研修旅行は残念ながら締め切りとなりましたが・・・)

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。