本文へジャンプ

活動報告

同窓会にて故郷・石川県の今を紹介

氏名:紺谷 啓 職業:金沢観光ボランティアガイド「まいどさん」 都道府県:石川県
同窓会にて故郷・石川県の今を紹介
同窓会にて故郷・石川県の今を紹介

 六月中旬の梅雨の晴れ間の一日。東京・日比谷公園の中に在る「松本楼」で昭和30年3月、小立野にあった高校を卒業して以来、60年振りの同窓会が開かれました。金沢・富山よりの参加者4名を含め28名の参加があった。在京組は、故郷金沢を離れて半世紀以上の者も多く、犀星の「故郷は遠くに在って思うもの」となっていました。
 司会の紹介で愚生が、持参した「いしかわ観光旅ぱすぽーと」を資料として、新幹線効果の著しい故郷の「姿」を紹介しました。皆様、施設、食べ物、物産、交通機関等の充実さに驚いていました。
 雑談に入り、一人の女子が思いつくままに、青春の一ページを話してくれました。
 昭和27年~30年まで、金沢で高校生活を過ごした者にとっては、当時、県内のキャンプ場は福浦の巌門と加賀市の塩屋ぐらいでした。巌門に行くには、朝、6時に起床、市車で国鉄金沢駅へ、七尾線に乗り羽咋着、羽昨より北鉄・三明線に乗り換え三明へ、三明駅より北鉄バスで能登福浦に着き、徒歩で巌門キャンプ場に正午頃に着きました。四回交通機関を利用した。なんと長閑な旅だったのでしょう。みんなと一緒に長い旅をした思い出は尽きないと、話してくれました。その福浦巌門は、今回の資料には、「能登金剛センター」の記事のみで、特使の名刺にもありません。かつて、松本清張の「ゼロの焦点」の舞台でした。60年という歳月の経過は「福浦巌門」を忘却の彼方へと消えさせていました。
 こんな話を聞き、私は、今、75歳以上の後期高齢者に配慮した観光地の紹介も必要ではないかと痛感しました。
 観光特使の使命は、県内の紹介だけではなく、かつての名所・旧跡も振り返り、紹介する必要性を痛感しました。