石川の義経伝説 義経・源平ゆかりの地
時国家 輪島市
壇ノ浦の合戦後、平家の武将平時忠(たいらのときただ)は能登(珠洲)に流されることになった。その後この地に移り時国家の祖、平時国が生まれたとされる。

時国は平家であることを捨て、時国を姓として時国家を興し、現在の輪島に移り住んだ。困窮していた近隣の農村の救済を図り、この地を支配する豪農として長きにわたり繁栄し、江戸時代には天領、大庄屋として名字帯刀を許された。

現在の時国家は1831年から28年の歳月を掛けて建てられたもので、母屋は桁行29.1メートル、梁間18.1メートルの大規模な建築。国指定重要文化財に指定されている。手の込んだ造りの内装や土間廻りには当時の面影を見ることができる。また、今も時国家の家系は脈々と受け継がれている。

時国家12代藤左衛門時保の時、次男の千松が分家して下時国家を名乗り、本家とともに繁栄した。壇ノ浦の戦いで命を落とした安徳天皇を祀っており、能登安徳天皇合祀時国家とも呼ばれている。こちらも国指定重要文化財の指定を受けている。現在は解体修復中で、2005年11月に終了する予定である。

また、上・下時国家はそれぞれ庭園を持っており、それぞれ国指定の名勝に指定されている。


問い合わせ先:
上時国家 0768-32-0171
下時国家 0768-32-0075
上時国家
上時国家
下時国家
下時国家




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