石川の義経伝説 義経・源平ゆかりの地

石川県には義経や源平の伝説が数多く残っています。
それらのゆかりの地を一つ一つ紹介します。


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義経ゆかりの地
市町村 場所 ゆかりの品 いわれ 詳細
加賀市 尼御前岬 - 義経に同行した尼御前が一行の足手まといになるのを憂いて身を投げたと言われる。
小松市 勝楽寺 弁慶の法螺貝
錫杖
弁慶が富樫のはからいで饗応にあずかった礼にと残していった法螺貝と錫杖を残していった。
住吉神社 弁慶逆植の松 住吉神社で休憩した。
安宅の関跡 - 義経主従が富樫が関守をする安宅の関を通過した。この時弁慶は主君義経を打ち据える…。歌舞伎十八番勧進帳の舞台となった。
菟橋神社 牛若松 安宅の関の無事通過を祈願して松を植えた。
能美市 道林寺跡
(根上)
弁慶謝罪の地 やむなしとはいえ安宅の関で主人義経を打ち据えた弁慶が涙を流して謝罪した地。
岩本
(辰口)
岩根宮 義経主従が武運祈願をして訪れ、通夜をした。
白山市 手取川 名前の由来 義経主従が急な流れを手に手を取って渡ったことが名前の由来とされる。
金剱宮
(鶴来)
義経の腰掛岩 金剱宮に義経主従が参拝した。義経はこの岩に腰掛け、白山平野を見下ろした。そして夜通し神楽をあげたという。
パーク獅子吼
(鶴来)
弁慶橋 弁慶の足跡と云われる窪みのついた橋がある。
野々市町 布市神社 弁慶の力石 弁慶が富樫館を訪ねた時、軽々と投げたと言われる大岩がある。
本町 富樫館跡 富樫家の館があり、弁慶が一人で訪ねた。
金沢市 大野湊神社
一夜泊りの宮
義経奉納甲冑
信田笈捜図巻
義経主従が富樫を訪れた弁慶を待ち、大野湊神社で一夜を明かしたとされる。
鹿島神社 鳴和の滝 安宅の関守富樫が義経主従に追いつき、ともに酒宴を開いた。弁慶が舞謡を披露した。
津幡町 竹橋 夜明かしの松 義経主従が松の根元でたき火をして一夜を明かしたという。
倶利伽羅峠 地獄谷 義経主従が倶利伽羅峠を通り抜ける際、滅びた平家の魂を弔った。
上大田 弁慶の岩 弁慶の乗っていた大きな馬が残した蹄鉄跡が三つついた岩がある。
菩提寺 ベンケイ石 弁慶がかついで鼻血を出したといわれる石がある。
羽咋市 弁慶の足跡岩
弁慶の鼻血岩
弁慶の足跡といわれる大きなくぼみを持つ巨石がある。弁慶が鼻血を出したという岩もある。
富来町 巌門南 碁盤島 景色が素晴らしいため、義経主従が上陸し碁を打った。
関野鼻
(笹波)
義経の舟隠し岩
義経一太刀の岩
弁慶二太刀の岩
(村上元三句碑)
義経主従が追っ手から逃れるため、舟ごと洞窟に隠れた。また、関野鼻には義経と弁慶が力比べをしたという一太刀岩、二太刀岩が残っている。
輪島市 曽々木 窓岩 岩に向かって義経が矢を放つとその矢は岩盤を貫いたという伝説がある。
白崎 義経の舟隠し 義経主従が奥州落ちの際、舟を隠した。
珠洲市 大谷 平時忠一族の墓 義経の側室蕨姫の父が時忠だったことから、義経一行が訪ねた。
須須神社 蝉折の笛
弁慶の守刀
義経駒の爪石
(村上元三句碑)
海で大嵐にあった義経は須須神社に祈りを捧げ、海難を逃れた。それに感謝し、義経と弁慶は笛と短刀を奉納した。
馬緤・泊 町名の由来 義経が馬を繋いだという伝説から命名された。
清水町 義経の割石 義経が一太刀で切り割ったとされる石。
狼煙町 山伏山 義経の家来、常陸坊海尊が珠洲に残ったという伝説がある。
三崎町 義経の舟隠し 義経主従が奥州落ちの際、舟を隠した。 -


源平合戦ゆかりの地
市町村 場所等 ゆかりの品等 いわれ 詳細
加賀市 篠原古戦場 首洗池
手塚山
首掛け松
篠原の合戦があった場所。平氏武将は齋藤別当実盛、源氏武将は手塚太郎光盛。実盛の首を洗ったという池や首を掛けたという松がある。
篠原町 実盛塚 斉藤実盛の墓といわれる塚がある。
深田町 鏡の池 実盛が髪を染めるのに使った鏡が池の底に沈められている。毎年9月16日の池底の掃除の時、見ることができる。
小松市 多太神社 実盛の兜
義仲の願状
芭蕉句碑
斉藤実盛の兜一頭、袖、脇当が奉納されている。これらは国の重要文化財となっている。後に松尾芭蕉はこの地を訪れ、「むざんやな 甲の下の きりぎりす」と詠んだ。
能美市 根上 根上の松 根が地上に浮き上がった松があり、ここで平家の軍勢に追われた加賀国住人範方一党が壮絶に死んだとされる。
白山市

加賀市
木曽街道 - 義仲が平家追討のため進軍した海沿いの道。松任(笠間神社)〜美川(手取川)〜根上(現街道)〜小松(安宅)〜加賀(伊切町-新保町=現街道)
白山市 笠間神社
(松任)
弓堀の池 義仲が弓で掘ったら清水が湧いた。
金沢市 広岡 義仲陣屋跡 義仲が陣をひいた。 -
津幡町 倶利伽羅
古戦場
源平供養塔
芭蕉句碑
地獄谷
倶利伽羅の合戦で木曽義仲と平維盛が戦った。義仲は秘策「火牛の計」を用いて維盛の軍を殲滅させた。
宝達
志水町
所司原
(志雄)
志保山の合戦 志保山で源行家(義経の叔父)と平知度(平清盛の子)が戦った。
中能登町 鹿島 親王の塚 義仲が陣をひいた。


その他源平ゆかりの地
市町村 場所等 ゆかりの品等 ゆかりの伝説 詳細
加賀市 熊坂町 熊坂長範
生誕の地
平安末期に活躍した義賊、熊坂長範が生まれたとされる地がある。
小松市 仏御前の里
(原町)
仏御前の墓
屋敷跡
火葬の地
尊像
お産石
小松市の原町に生まれ、平清盛の寵愛を受けた仏御前の墓や遺品が残っている。お産石は吉野谷村の木滑神社に奉納されている。
宝達
志水町
志雄 岡部家 平忠度を一ノ谷の戦いで討ち取った岡部六弥太忠澄を祖とする。
志賀町 字町 平家庭園 平維盛の重臣だった平式部太夫がこの地に居を構えた。平家はその子孫である。
穴水町 明泉寺 頼朝の墓 明泉寺という古寺にいくつもの五輪塔があり、これは源頼朝の墓だと言われている。
門前町 泉家庭園 アテの元祖 1189年(文治五年)、藤原秀衡の三男、泉三郎忠衡が平泉からアテを持ち込んだ。
珠洲市 大谷 時忠一族の墓
時忠の歌碑
「平家にあらずんば人にあらず」と豪語した平時忠の墓がある。
大谷則貞遺跡 大谷十二名の遺跡がある。
からす川 能登に流された平時忠がカラスに導かれ、この川の上流で居を構えた。
輪島市 町野 上時国家
下時国家
壇ノ浦の戦い後、能登に流された平時忠の末裔である平時国が時国家を興した。後に次男千松が分家して下時国家を名乗った。




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