小松市の原町で生まれ、京で白拍子(※)となった仏御前は時の最高権力者、平清盛に会うため清盛の屋敷を訪れた。最初は取り合ってもらえなかったが、清盛お付の白拍子、祇王(ぎおう)のとりなしにより清盛に会うことを許された。
君をはじめて見る折は 千代も経ぬべし姫小松
御前の池なる亀岡に 鶴こそむれゐてあそぶめれ
仏御前は歌を歌い踊りを舞い、清盛にいたく気に入られ、清盛の寵愛を受けるようになる。が、反対に祇王は清盛に屋敷から追い出されてしまう。
しかし仏御前は「そのうち私も同じように捨てられてしまう…」と世の無常を感じ、祇王を追って出家する。やがて仏御前は清盛の子を身ごもっていることを知り帰郷。途中吉野谷村の木滑で清盛の子を産むも死産。故郷原町に着いた仏御前は静かに余生を過ごし、21歳の若さで亡くなったとされる。
小松市仏御前の里には仏御前の墓や尊像の遺品がある。吉野谷村の木滑神社には仏御前がお産の時に使ったというお産岩がある。尊像は個人宅に安置されているため、見学の際には予約が必要。
◆白拍子(しらびょうし)
独特の歌舞を舞った平安時代から鎌倉時代の舞妓。直垂(ひたたれ)や烏帽子(えぼし)などを付け、男装をして舞った。
問い合せ先:
小松市原町ト24(尊像安置所:林さん宅)
0761-47-1241 |

仏御前尊像

仏御前の墓(右)、供養塔(左、中央) |