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   室生犀星が愛したのが男川・犀川ならば、文豪・泉鏡花がこよなく愛したのは女川・浅野川だ。鏡花の作品にたびたび登場する浅野川界わいをそぞろ歩き、全山に60余の碑が散在する卯辰山へ。

出発地点へのアクセス


●金沢駅から
 北陸鉄道バス柳橋、東山、東部車庫行きなどで7分「橋場町」下車、または金沢周遊バスで「橋場町」下車、徒歩5分。
●車で
 北陸自動車道金沢東ICから、東インター大通り、城北大通りで15分。東山観光駐車場利用。

観光スポット



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 浅野川大橋と天神橋の間の道は「鏡花のみち」と名付けられ、周辺に生家跡や作品に登場する寺社が点在する。梅ノ橋のそばに鏡花の出世作「義血侠血」のヒロイン滝の白糸の像と碑がひっそりとたたずむ。
↓ 徒歩 500m 10分

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 卯辰山への登り口の脇にひっそりと建っており、幼い頃母を失った鏡花の心情が伝わる「鏡花 はゝこひし 夕山桜 峰の松」の句が刻まれている。

↓ 徒歩 250m 5分

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 御本尊は十一面観世音菩薩。前田家の産土神(うぶずながみ)とされ、長きにわたり前田家が安産祈願に参拝されました。年に一度の「四万六千日」にご本尊が御開帳されます。拝観無料。

↓ 徒歩 200m 4分

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 領内に大地震があった安政5年(1858)、米価暴騰に苦しんだ庶民が卯辰山から藩主に直訴した。暴徒として5人が処刑され、2名が牢死。その供養のため、門前に七稲地蔵尊像(なないねじぞうそんぞう)を建立。心岩和尚筆弁財天画像一幅あり。

↓ 徒歩 100m 2分

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 浅野川大橋近く、今も昔のおもかげを残したお茶屋建の古い家や料亭が軒を連ねている。料亭街で、独特の情緒をかもし出して往時が偲ばれる。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

動画でもご覧頂けます

http://www.hot-ishikawa.jp/archive/movie/kana-higashi.html

↓ 徒歩 500m 10分

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 小松城主であった丹羽長重が尊宗していた鬼子母神を安置。初代中村歌衛門の墓や加賀蒔絵の祖・五十嵐道甫の碑、人形供養塔などが建っている。泉鏡花の「鶯華経」の舞台。
↓ 徒歩 100m 2分

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 宝円寺八世・虎白禅師が初代利家の出世海運を願い当地で建立。大正9年には加賀友禅の始祖・宮崎友禅斎の墓とされる墓碑が発見された。昭和28年、友禅斎生誕300年祭が行われ、毎年5月17日には友禅忌の祭典が行われる。
↓ 徒歩 500m 10分

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 当初は越中放生津(現富山県新湊市)にあったが、二代利長に従い移転。天明6年(1786)現在地に移った。不動明王は十代重教の守本尊。能楽師諸橋権之進などの墓がある。

↓ 徒歩 100m 2分

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 裏千家の祖・仙叟宗室の墓や歌碑がある。仙叟宗室の命日23日には毎月追善茶会が開かれる。茶室・直心庵は天保の頃の一井庵の古材を使用。仙叟宗室居士、大樋長左衛門代々の墓がある。

↓ 徒歩 400m 8分

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 古くは北陸道と呼ばれた。律令制の制定で確定した東海、東山、北陸、山陰、山陽、南海、南西の7道の1つ。かつて、加賀藩主の参勤交代に使われ、俳聖・松尾芭蕉もこの道を歩いた。金沢城下の下口(北口)にあたり、城下町の北境だった春日町に、北の入り口を示す「下口の松門」跡が残る。また、近くの鹿島神社境内には、歌舞伎「勧進帳」で知られる、安宅の関を逃れた義経主従が一息ついたと伝わる「鳴和の滝」がある。

↓ 徒歩 300m 6分

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 三文豪の1人・徳田秋声の文学碑は卯辰山の望湖台の入口にある。秋声は浅野川近くで生まれ、馬場小学校では1年下に鏡花がいた。1947年(昭和22年)に建てられたこの文学碑は、土塀を形どった姿で、秋声を讃えていた同郷の室生犀星の筆による年譜と、本人自筆の文章が陶板に書かれている。

↓ 徒歩 300m 6分

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 1869年(明治2年)明治政府が弾圧を加えて逮捕したキリシタン信者のうち500人が金沢に送られ、卯辰山に監禁し改宗させようとした。1873年(明治6年)に藩は彼らの帰郷を許したが、既に100人あまりが死亡。迫害に耐え、信仰を守った勇気を讃えたイタリア人チプリアノ・ポンタッキオ神父の名文がこの碑に刻まれている。

↓ 徒歩 1.2km 24分

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 1945(昭和20)年8月7日、愛知県豊川市の豊川海軍工廠が空襲に遭い、石川県からの女子挺身隊員も52名の犠牲者を出した。「殉難乙女の像」は、この隊員たちのために1962(昭和37)年に建立されたもの。正式名称は「殉難豊川女子挺身隊員世界平和祈願像」という。卯辰山相撲場奥の高台に建つ。題字は佐藤春夫、像の前には水芦光子の挽歌が記されている。

↓ 徒歩 250m 5分

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 藩政時代初期に建てられたもので、祭神は豊臣秀吉。加賀藩歴代藩主から手厚く保護され、祭礼には神事能が奉納された。

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