header

小松市-平安の世の歴史物語が息づく歌舞伎のまち・小松

【いしかわ歴史遺産ストーリー】

古代律令制下において最後に成立した加賀国において、国府が置かれたのが小松であった。国府周辺の里山には僧侶の修行の場がつくられたが、これが後に白山信仰の布教寺院となる。白山衆徒は国の役人たちと対立し、ついには後白河法皇と平清盛の対立激化の契機となる涌泉寺事件が起きた。その清盛の寵愛を受けた女性として『平家物語』に登場するのが加賀の白拍子・仏御前である。仏御前はこの世の無常を悟り、清盛のもとを離れ、ふるさとに帰ったとする伝説を残す。市内には源平の武将の足跡も残る。多太神社には篠原の戦いで木曽義仲軍に敗れた斎藤別当実盛の兜とともに、義仲と実盛の悲話が伝わる。国府の港として栄えた安宅には、義経・弁慶の主従と関守の富樫が登場する「安宅の関」伝説が残る。仏御前、実盛、安宅の関にまつわる伝説を下敷きとして、室町時代に謡曲『仏原』『実盛』『安宅』が生まれ、江戸後期には歌舞伎『勧進帳』が完成した。市内に残る歴史物語を訪ねて歩けば、現在「歌舞伎のまち」として知られる小松の風土や人々の精神性が透けて見えてくるだろう。
小松市は古くから絹織物が盛んな地域で、延喜式には税として絹を朝廷に納めていたとの記録が残っています。江戸時代には、加賀前田家三代利常公が小松城に隠居したことで、旧小松町の町割が形成され町人文化が花開きました。絹により財を成した町衆は、近江長浜に倣って曳山を造り、莵橋・日吉の両社の春季祭礼であるお旅まつりで子供歌舞伎を上演するようになりました。地域に仏壇職人や宮大工がいたことや、浄瑠璃や三味線に長けた町人が多かったという背景もあります。曳山に花道があること、また小学生の女の子が舞台に上がることは、小松の曳山子供歌舞伎ならではの特色です。地元に縁のある『勧進帳』については、市内の中学校が毎年持ち回りで上演しているほか、毎年5月の「全国子供歌舞伎フェスティバルin小松」で小中学生が上演しています。
関戸昌郎 小松市文化協会理事長 材木町歴史文化回廊 まちづくり協議会会長

pdf

小松市に息づく4つの歴史物語

平安の世に加賀国の中心として栄えた小松。往時の記憶を留める地、源平ゆかりの地を訪ねて、 伝統芸能と歴史が息づく小松を体感しよう。

【歴史物語1:加賀国府の設置と白山信仰の寺】

国府を取り囲む里山に白山信仰の布教寺院として置かれた中宮八院は、次第に国府勢力と対立するようになった。1176(安元2)年、加賀国目代の藤原師経は、中宮八院のひとつ涌泉寺を焼き討ちした。これを聞いた白山中宮の衆徒は神輿を奉じて上洛し、延暦寺衆徒とともに後白河法皇に強訴。加賀国司は流罪となる。この事件を契機に平家の台頭を招き、貴族社会から武家の世へと移り変わっていく。

■那谷寺(国指定重要文化財)

白山信仰の寺で、白山三カ寺の一つ。戦国時代の一向一揆で荒廃したが江戸時代に復興整備された。本殿や拝殿などの7棟が国の重要文化財に指定。芭蕉が奥の細道紀行の途中立ち寄り、「石山の石より白し秋の風」の句を残している。
おすすめポイント
本殿では、岩窟内を一周する「胎内くぐり」が体験でき、自然への信仰心を知ることができる。

■仏御前の里・原町

原町には「仏御前屋敷跡」(市指定文化財)として3基の墓石が建つほか、「仏御前荼毘の地」がある。町内の個人宅では、今から200年余り前に嵯峨野の寺から寄贈された仏御前乾漆座像が安置されており、毎年9月16日の「御前様祭り」に白拍子の舞を奉納する。

【歴史物語2:美しき白拍子・仏御前の伝説】

幼き頃より仏心に厚く「仏」と呼ばれた娘は、14歳で京に上り、その美貌と優れた歌舞により都で一番の白拍子・仏御前となった。平清盛の目に留まり寵愛を受けるも、世の無常を悟り17歳で出家。嵯峨野で仏道に精進した後、ふるさとの原(小松市原町)に帰り、 若くして生涯を終えたとされる。
お問い合わせ先/小松市文化創造課(0761-24-8130)
こまつ曳山交流館(0761-23-3413)

【歴史物語3:実盛の兜と源平の悲劇】

平家の武将、斎藤別当実盛は、木曽義仲軍と相対した「篠原の戦い」で、老いを侮られないよう白髪を黒く染めて出陣した。実盛は奮闘するも討ち死に。池で首を洗うと白髪が現れ実盛と知れた。義仲は幼い頃に実盛に命を救われており、恩人を手に掛けたことを悟って人目もはばからず涙したという。

■多太神社

義仲が実盛の供養のため奉納したとされる兜一式(国指定重要文化財)が伝わる。篠原の戦いから500年後、多太神社を訪れた松尾芭蕉は実盛を偲び「むざんやな甲の下のきりぎりす」の句を詠んだ。

【歴史物語4:歌舞伎になった「安宅の関」伝説】

兄の頼朝に追われ、みちのくへと逃げる義経一行は、安宅の関を通過する際、関守・富樫の厳しい取り調べにあう。弁慶は危機を乗り切るため即興で白紙の勧進帳を読み上げ、さらには主君である義経を打ち据え、難を逃れる。義経と知っていながら通す弁慶、富樫、義経の智・仁・勇の物語である。

■安宅の関跡(県指定史跡)

安宅は加賀国の水陸交通の要衝地「安宅駅」があった地。歌舞伎『勧進帳』の舞台となった安宅の関跡の石碑が梯川河口近くの安宅住吉神社境内に立ち、近隣には義経、弁慶、富樫の銅像が石舞台の上に並んでいる。

■お旅まつりの曳山行事(県指定無形民俗文化財)

お旅まつりは莵橋神社と本折日吉神社の春季例大祭で、1766(明和3)年に小松の町衆が曳山子供歌舞伎を始めたといわれる。曳山は昭和初期の大火で2基が焼失し、現存するのは8基。曳山をもつ八町の町衆が祭りを取り仕切り、輪番で2町ずつ子供歌舞伎を上演する。

■こまつ曳山交流館

曳山2基を常時展示し、映像ライブラリーや歌舞伎 体験などが充実。

●おすすめポイント
各町の曳山が一堂に揃う「曳山八基曵揃え」は、お旅まつりのクライマックス。