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金沢市-きらめきに包まれるまち〜今に息づく金沢の金箔〜

「紡がれし箔打ちの歴史」

芋掘り藤五郎伝説で語られる「金洗いの沢」が地名の由来ともされる金沢。今や日本における金箔のほぼすべてがこの金沢で作られるほど、その歴史と文化は際立つ。金沢における金箔の発展は、偉大な3人の功績によるところが大きい。
加賀藩藩祖の前田利家は、加賀における金箔の製造を命じ、その歴史に幕を開け、初期の城や城下の重臣の屋敷には金箔瓦が葺かれていた。金沢箔の開祖と仰がれる町人の能登屋左助は、江戸と京都以外での金箔製造が禁止された江戸時代、江戸箔を独占的に販売する権利を獲得し、後に金沢城内で使用する金箔の箔打ちを公認される。箔製造が自由競争となっていた大正時代、金沢の箔職人である三浦彦太郎は、それまでの生産効率を飛躍的に高める箔打ち機の開発に成功する。以降、生産量が飛躍的に伸び、金沢の地位はゆるぎないものとなった。

「金沢における金箔製造」

金箔の製造方法には、縁付(えんつけ)と断切(たちきり)の2つの製法がある。縁付は、約400年以上の伝統がある製法で、国宝や重要文化財の修理にも用いられる。断切は、昭和40年頃から行われ始めた近代的製法で、安価で大量の箔生産を可能とする。いずれも極めて高い熟練技術が必要とされるが、職人の町金沢で受け継がれ、加賀百万石文化の一翼を担っている。

「金沢の日常に溶け込む金箔」

金沢における金箔は、文化財に限らず、日常の暮らしの中にある。金でデザインが施された漆の器や箸で食事をとる。その素地に金箔が貼られた陶器の皿や花瓶がしつらえられた部屋で過ごす。かつての真宗王国の名残を残す絢爛豪華な金沢仏壇に手を合わせ、金箔入りのお茶や日本酒でお祝いをし、金箔入り化粧品を使う。気づけば金箔は、金沢の人々の暮らしに寄り添って、そこにある。


【金城霊沢(兼六園)】

兼六園の敷地内にある金沢の地名の由来となった泉。そのほとりには、菅原道真を祭る金沢神社が鎮座する。



【本願寺金沢別院】

金沢西別院とも言われる同院は加賀一向宗の拠点であった「金沢御堂」を前身とした寺院である。内陣は金沢の金箔を使い、光り輝く姿は独特の深みがある。

【加賀鳶梯子登り】

加賀鳶梯子登りで使用されるまといは金箔で飾られ、その製作技術は市選定保存技術に選定されている。

【金沢市立安江金箔工芸館】

金箔に関する美術工芸品、金箔製造用具を展示する国内唯一の金箔の博物館。金箔の性質や出来上がるまでの工程を分かりやすく紹介している。

【金箔製造販売関連施設】

現在、市内では金箔の製造販売に携わる業者は81店。そのうち7店で、箔貼り体験ができる。