header

羽咋市・志賀町・宝達志水町ー「漂着神(ヨリガミ)」の聖地〜日本海交流が伝える祈りと祭りの文化財めぐり

【いしかわ歴史遺産ストーリー】

口能登の沿岸地域は、日本海交流により、先進の文化や技術を受け入れ独特の信仰文化を育んできた。人々は、異世界から漂着するさまざまなモノに神を感じ、祈りを捧げた。羽咋市の中央に位置する邑知潟は、新来の文化をいち早く受け入れた天然の良港であり、志賀町福浦港は、はるか大陸の渤海国と結んだ古代日本海交流の拠点である。羽咋市の海岸砂丘には「渚の正倉院」と呼ばれる寺家遺跡があり、奈良・平安時代の多彩な祭祀遺物は、古代気多神社の祈りのようすを物語る。『万葉集』には、七四八(天平二十)年に越中国司の大伴家持が「気太神宮」へ巡行した記録があり、宝達志水町にはその参拝ルートと伝わる古道「之乎路(しおじ)」が残る。気多大社の祭神は出雲大社と同じ大国主命(大己貴命)で、海上から来臨したとされる。羽咋市長手島には、出雲神話の「因幡の白兎伝説」と同内容の伝承があり、山陰地域との深い交流を示している。沿岸部には、祭神の来着伝承を持つ多くの神社とともにタブノキの巨樹が分布し、神木となっている。折口信夫は、タブノキが寄り来る神々の依り代となったと考えた。今なお禁足を守る気多大社の社叢「入らずの杜」はその象徴である。
口能登には海から寄り来たと伝わる神々の鎮座地が数多くあります。日本海を向いて立つ鳥居も多く、この地域が日本海交流の影響を受け、神々と深く関わってきた歴史を感じることができます。独自の日本民俗学を打ち立てた国文学者・折口信夫は、たびたび羽咋を訪れ、海のかなたの「常世(とこよ)」から来着する神を「漂着神(ヨリガミ)」と位置づけ、時を定めて来訪し人々に幸せをもたらす霊的存在「まれびと」について思索を練りました。折口は、日本海沿岸地域に分布するタブノキにも深い関心を寄せました。著書の『古代研究』には「漂着神を祀ったタブの杜」として、タブノキに覆われた大穴持像石神社を紹介しています。常緑樹であるタブノキは、その枯れない永遠性から、信仰の対象となりました。古代には、タブノキは船の材料でもあったことから神聖視されたのでしょう。波頭を押し分けてやってきた神々への「祈りと祭り」は、さまざまなかたちで今もこの地の生活の中に息づいています。
高野誠鮮 羽咋市教育委員会文化財室長


地域に残る漂着神(ヨリガミ)の足跡

羽咋市・志賀町・宝達志水町の日本海沿岸部には、ヨリガミたちが寄り来た 数多くの漂着伝承やタブノキ信仰が残る。この地を訪ねれば、日本海交流と 生きた古代能登人の祈りの原風景を見ることができる。

【ヨリガミの足跡1:高爪山と高爪神社】

高爪山は古くから信仰の対象として仰がれた霊山であり、日本海の沖を行き交う人々の目じるし(山ダメ)でもあった。高爪山のふもとの大福寺集落に鎮座する高爪神社は、県下第2位の大きさを誇るタブの巨木を神木とする。枯損しているものの数百年の樹齢とされ、当地のヨリガミの足跡を示している。

おすすめポイント

「能登富士」と称される高爪山の山容の美しさ
にも注目。


【ヨリガミの足跡2:奈豆美比咩(なずみひめ)神社祭神伝説地】

「おたび所」と呼ばれる平坦地に鳥居が鎮座し、タブの老木が神木として繁る。安津見地区の祭神の来着地と伝えられ、海人族「安曇氏」との関わりが指摘される。祭礼の際はこの地を神輿渡御の出発地とし神事後に村回りを行う慣例があり、漂着神伝承にともなう信仰行事を今に伝えている。

高爪神社のタブノキ(志賀町)(志賀町指定天然記念物)

奈豆美比咩(なずみひめ)神社祭神伝説地(志賀町)(志賀町指定史跡)

【ヨリガミの足跡3:気多大社とその周辺】

気多大社の祭神である大国主命は、出雲から300余神を引き連れて来臨したとされる。大国主命が邪神を退治し能登を平定開発した伝説にちなんで「平国祭」「蛇の目神事」などの神事を執り行うほか、タブなど能登の原生植生を残す社叢を「入らずの森」とし、禁足と奥宮祭祀を守っている。このほかにも気多大社周辺には、折口信夫が『古代研究』で「漂着神を祀ったタブの杜」と紹介した大穴持像石(おおあなもちかたいし)神社、大多毘(おおたび)神社など、タブの巨樹が濃密に分布しており、漂着神が寄り来た中心地がこの地であることを示している。


気多大社と社叢(入らずの杜)
羽咋市 国指定重要文化財・天然記念物

大穴持像石神社

おすすめポイント 国重要文化財の神門や拝殿など、 歴史ある寺社建築も見どころ。

お問い合わせ先/羽咋市文化財室
(0767-22-5998)

map