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教育の地とコスモアイル羽咋    2013/08/12

左手の親指

「あなたの左手の掌を斜めにして内側に向け、手の指を揃えて下さい。そして親指を立てて下さい。親指を関節のところで曲げて下さい。ほら、その親指とつけねの膨らみのところが石川県です。」石川県東京事務所の松原公慈所長オハコの石川県紹介である。日本海にグッと突き出ている能登半島。石川県の形には特徴がある。覚えやすい。日本海に屹立する石川県。西の方の海に向かって大きく開け、長い海岸線が続く。そんな石川県の地形を代表するところが羽咋市と羽咋郡である。

 

UFOの町・宇宙の町

羽咋市は、自らUFOの町と呼び、「コスモアイル羽咋:Cosmoisle HAKUI」つまり「宇宙の小島・羽咋」あるいは「宇宙の出先の島・羽咋」とでもいうべきユニークで極めて充実した博物館を建設・運営している。しかし、ここに鹿児島県の種子島や内浦、米国のケープケネディ、あるいはロシアが使用しているカザフスタンのバイコヌールのようなロケット打ち上げ基地があるわけではない。ロケットや人工衛星を組み立て作り上げていく製造加工会社の大規模工場もない。また、筑波や相模原のような宇宙に関する研究開発活動を広範に体系的に行う場があるわけでもない。しからば、なにゆえ、羽咋は、UFOの町、宇宙の町として特色ある歩みを続けているのだろうか。

 

コスモアイル羽咋

                 コスモアイル羽咋

 

広い空

その第一は羽咋には広い空があることである。西には、長く海岸線が続き、東から昇った太陽は、ゆっくり天空を巡って、極楽浄土さながらに雲や空を彩りながら西の海に沈んでいく。夜には、惑星が強く輝き、恒星は瞬き、流れ星が落ち、航空機の灯りが飛び交い、海上には漁り火が並ぶ。羽咋は海の町であるとともに空の町である。もし、UFOに乗った宇宙人が、このあたりにやって来て、着地点を探していると空想するならば、彼らの選ぶ地点は必ず羽咋と想像することは全く自然だ。全く、「宇宙の出島」を想定するのに、最適の地だ。

 

空飛ぶ光の伝説

そして第二には、UFO飛来に近い伝説が育まれてきたことである。羽咋の広い空を、昔の人々も、あかずに眺めいろいろ想像をかき立ててきたに相違ない。羽咋には、正体不明の光が空を飛ぶという話が伝わっている。羽咋市の北方眉丈山の上に正体不明の光を放つ物体が飛ぶのが目撃されるというのである。


それも単なる目撃談だけではなく、傾聴すべき説話が付いている。それも、いろいろな筋の話が伝えられるが、その大筋は「そうはちぼん」と言われるものである。

 

そうはちぼん

「そうはちぼん」、それは怪しい光であり、その源は、「正八坊(そうはちぼん)」と呼ばれる坊様とされている。もともと、羽咋から七尾の現在の邑知潟(おうちうがた)地溝帯には大きな潟が広がっていたが、これを干拓し水田にして、農民が豊かになるように考えられた能登一の宮気多大社の権現様には、正八坊の持っている「潮干の珠」がどうしても必要だった。そこで、綺麗な女性に化けて、正八坊を泥酔させ、この珠を手に入れた。しかし、正気に返った正八坊は、珠を返して欲しいと思い、権現様に掛けあったが、寝坊の正八坊に「一番鶏が鳴くまでに来たら返してやる」と返答。しかし、正八坊は、どうしても朝早く起きられず、そうこうするうちに気が狂って死んでしまい、その魂が火となって眉丈山のあたりに彷徨っているというものである。正八坊の要求が「人を食わせてくれ」というものなど、別のストーリーやこれから派生した物語もあるようだが、いずれにしても正八坊は「そうはちぼん」、これは仏具の妙鉢(みょうばち)のこととされ、洋楽器のシンバルのような形をした円盤である。


この妙鉢は、石川県に多い真宗では使われないが、東京などで、他宗の御葬儀には、この仏具楽器が使われることがある。この楽器は、よく描かれているUFOにとても似た形をしており、まさに羽咋は、昔からそのような伝説を育んできた町だったのである。

 

羽咋市の熱意

そして第三に、これが最も大切なこととも思われるが、羽咋市の職員の方々の強烈な熱意である。「コスモアイル羽咋」の構想が具体化したのは、私が旧科学技術庁に奉職していた時だったが、羽咋市役所では、若手職員を中心に湧き上がったこのUFOと宇宙の博物館の構想を、市長さん以下市全体で担ぎ上げ、関係方面や米国、ロシアなどと折衝して、完成にこぎ着けたのだった。旧科学技術庁の一員として、誠に微力ながら、この施設の実現を懸命に応援したが、科学技術庁の上司からは、UFOは実在するのかと追及されて、困惑した。しかし、それは、内容を詰めるときに使う役所流の常套手段で、結論は、もちろん、支援を惜しまないことになった。その間も、羽咋市の熱意は、ますます燃えさかり、UFO施設はグングン実現に向かって進んで、設立の日を迎えたのだった。


東京には、三鷹の国立天文台やお台場の科学未来館など、立派な宇宙の展示が見られるところがあるが、羽咋のような古くから大空に親しんできた土地に立って、思い切りソラを眺めながら、伝説に親しみつつ、宇宙開発の最前線にふれるのも、石川を訪れる人の楽しみと思われる。

 

非常事態宣言とサンダー君

「コスモアイル羽咋」は、この春、「みのもんたの朝ズバ!」で取り上げられたりして注目を集め続けている。最近は、ゆるキャラ「サンダー君」が大の人気らしい。彼は宇宙人で、このたび、羽咋の千里浜にやってきたということで、大歓迎を受けたという筋書き。黒いポスターには、「非常事態宣言」の6文字。その下に「石川県羽咋市に宇宙人出現」。絵柄には、宇宙人らしくちょっぴり不気味ながら、愛嬌にあふれたサンダー君が、いかにも夏向きの顔つきをして登場している。コスモアイル羽咋は、手洗所の人間の標識もサンダー君に似た顔つきをしているそうだ。

 

トイレ

         お手洗いの案内もユニーク

 

目を見張る宇宙展示

まず、建物は、宇宙から来た円盤の宇宙船がわっと羽咋の土地に降り立ったようなたたずまいで、まさに宇宙の出島をアピールしている。側には、最初の米国人が宇宙に送り出された時の打上用ロケットMR7が立っている。中の展示も充実している。各種宇宙船の本物やレプリカがずらり。MR7によって打ち上げられたマーキュリー宇宙カプセルはじめアポロ司令船、ルナローバー月面車等々が並んでいる。旧ソ連のヴォストーク帰還用宇宙カプセルは実物である。また、外惑星や太陽系を超えて宇宙探査を続ける惑星探査機ボイジャーのレプリカは、我々の意識を地球から遠く離れた宇宙空間にいざなってくれる。宇宙に関する人類の科学技術的活動を支えるこれらの機器を見ていると、我々一人一人は小さな存在かもしれないが、各国が力を合わせ、人々が知力を結集すればさらに新たな発展の局面が開ける感じがしてくる。

 

アポロ月面着陸船

      アポロ月面着陸船のレプリカ。実物と同じ素材でつくられている

 

加賀と能登を結ぶ

現在の羽咋市の行政区画は、四角い形をしているが、旧羽咋郡全体は実に縦に長く、まさにこの一帯は石川県の背骨というにふさわしい。現在の河北郡津幡町の河合谷。ここは、かつては、羽咋郡の村、能登で最も加賀寄りの地域であった。町村合併で、現在は能登から離れ、津幡町の一部となっている。言ってみれば、まさに、加賀と能登とのジョイントである。


大伴家持が越中守(えっちゅうのかみ)であった頃、能登は越中の一部であった。国守として、能登の一帯を巡視した家持は、「しおじから ただ越え来れば 羽咋の海 朝なぎしたり 船楫もがも」の一首を詠んでいる。この一首は、越中の国府から能登に出る道を真っ直ぐに山越えしてきたら、眼前の羽咋の海は極めて静かであり、この海を行くのに船や櫓や櫂がほしいなあ、という意味であろう。ここで、羽咋の海とは、日本海のことか、今はかなり干拓されたもののかつては大きかった邑知潟のことか説が分かれているようだが、どの説をとるにせよ、羽咋の海を見た家持は、能登が静かで優しい土地であることを国守としてしっかり認識したに相違ない。


このように、羽咋は、越中からも近く、加越能三国の要として、藩政時代にも、果たした地政上の役割は大きかったと思われる。

 

教育の地

上述の河合谷の地が、極めて教育熱心な土地でもあることを、中央大学理工学部の谷下雅義教授から先般教えて頂いた。谷下教授は、私の関係する石川県学生寮の卒寮生のひとりで、河合谷の出身、環境問題と災害復興に全国的なスケールで取り組んでおられる。


文献によれば、この村で、老朽化した小学校を建て替えるための費用の捻出に苦心した人々は、村内における酒の消費量が年間80石以上で、9000円程になることに着目したとのことである。そこで、酒を飲んだつもりになって、その分を拠出すれば、5年間で4万5000円となって校舎建設費をまかなうことが出来ることから、同村の自治改良委員会から禁酒案が提案され、施行された。これによって、村内全戸で毎日5銭ずつ貯金し、村税負担金に振り替えることになった。注目すべきは、同村内にあった酒屋さんたちもこれに反対せず自主廃業したことで、当時のこの村における教育への熱い思いを知ることができる。村の入り口には禁酒の村であることを示す「禁酒の碑」が立てられたが、この碑は、河合谷小学校中庭に移された後、現在は河合谷ふれあいセンター前に立っている。


1954年、同村は津幡町に編入されて、能登から加賀に移り、また、小学校は児童の減少によって2008年に閉校となったが、この地を含む羽咋の一帯は、教育熱心な土地として、あまたの人材を輩出し続けている。

 

難読

羽咋は「はくい」と読むが、動橋(いぶりばし)、倶利伽藍(くりから)等とともに、石川県内の難読地名の一つである。また、郡名では、鳳至郡(ふげしぐん)、珠洲郡(すずぐん)も、遠方の方にはなかなか読んでもらえなかったが、近年の両郡の統合により、鳳珠郡(ほうすぐん)となったので、読みにくさは解消された。


いったい、難読地名は、テレビやラジオの人達にとっては、やっかいであろうが、他面一旦覚えて貰うと忘れられないというメリットがある。


いろいろな伝説に彩られて、羽咋の地名に落ち着いたこの名前については、本稿が長くなりすぎたので、いずれ稿を改めて報告したいと思っている。(8月8日)