【著者プロフィル】元新聞記者。夫と娘の3人家族で、趣味はおいしいものを食べることと、バレエ、それにネイルサロンに通うこと。生まれは石川ではないのですが、よそから来た人の方が興味津々ってことありますよね。そんな私がイチオシする石川の情報をどうぞお楽しみに。 秋のコラムは全7回。今回は、第4回「美術を愛し、育む土壌」です。 |
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【著者プロフィル】元新聞記者。夫と娘の3人家族で、趣味はおいしいものを食べることと、バレエ、それにネイルサロンに通うこと。生まれは石川ではないのですが、よそから来た人の方が興味津々ってことありますよね。そんな私がイチオシする石川の情報をどうぞお楽しみに。 秋のコラムは全7回。今回は、第4回「美術を愛し、育む土壌」です。 |
![]() 金沢市民芸術村 関連リンク |
石川は何かと京都と比較されることが多い所です。実際には京都は公家文化、石川は武家文化に培われてきたといえ、歴史的な観点からして全く違うはずなのです。しかし、藩政時代に京都から職人を呼び寄せるなど、石川の文化の成熟に京都が大きくかかわってきたのは、やはり否めない事実です。 かたや都、かたや一城下町ですが、石川が京都より常に格下かというと、実はそうとも言い切れないのです。平成19年度版「石川100の指数」によると、日展入選者数は100万人あたり300.0人で、京都を抜いて石川が全国トップだというのです。ちなみに全国平均が52人ですから、石川のすそ野の広がりとレベルがお分かりいただけるでしょう。 ![]() 日展金沢展 平成18年には、功績顕著な芸術家の栄誉機関である日本芸術院の会員に、洋画家の村田省蔵さんが加わりました。県在住者・出身者では塗師祥一郎(洋画)、大樋長左衛門(工芸)、蓮田修吾郎(工芸)、三谷吾一(工芸)の5氏が活躍中です。現在、芸術院会員数は110人、そのうち美術部門は52人ですから、これもまた石川県関係者の、人口に占める割合がかなり高いことがわかります。 ![]() 村田省三さん(右・報道紙面より) 逸材輩出する金沢美大石川県内には美術工芸に関わる人を養成する機関がいくつかありますが、中でも金沢美術工芸大学はその中心的な存在といえるでしょう。村田氏と塗師氏も共にこの金沢美大の出身です。2人を指導したのは、県在住者では初めて芸術院会員になった洋画家の故・高光一也氏だったことも忘れてはなりません。現在、美大はもとより美術ギャラリーや地元の商店街などでも、しばしば学生たちによる美術展が開かれています。金沢には創作活動に24時間全日利用できる金沢市民芸術村などの施設もあり、若いエネルギーが美術のすそ野を広げるのにも一役買っています。 ![]() 金沢美術工芸大学卒業式 もともと、石川には美術を育む土壌があったのでしょう。桃山時代の画聖とうたわれる長谷川等伯は、能登の七尾の生まれです。幼少のころから絵を学び、やがて水墨の叙情的な表現を確立し、代表作「松林図屏風」を生み出しました。能登の浜を題材にしたとされるこの作品は、現在、国宝として東京国立博物館におさめられています。 北大路魯山人が逗留大正時代には、書や篆刻、絵、陶芸、料理などの偉大な総合芸術家ともいえる、かの北大路魯山人が県内に逗留し、多くの人や物との出会いにより、独自の美を研鑽しました。加賀市山代温泉の「魯山人寓居跡いろは草庵」は、魯山人の仕事場であり、滞在した当時そのままのたたずまいを残しています。 ![]() 魯山人寓居跡いろは草庵 ただし、石川が美的センスを鼻にかける気取った所だと思わないでくださいね。先日も金沢のトンカツ屋さんで、偶然、芸術院会員のある先生と隣のテーブルになりました。日本の大家とも、こんなふうに出会えてしまうと、美術がぐっと身近に感じられるのですから不思議です。 |
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